屋根の上の鳩 (27.08.2014)

ドイツではごく当たり前のように報道されても、日本では報道されない内容がある。性に関係する事例がそうだ。逆に欧米では報道を控えている暴力シーンが、日本では平然と報道される。その日本のタブーに合わせて、紹介を避けている事件、報道が多々あるが、ここで取り上げることができただけでも、教会のスキャンダルは結構な数に昇る(*)。こうしたスキャンダルが報道されると、教会離脱者の数は40万人(年間)に上昇する。大きなスキャンダルがないと、25~30万人の平均値に戻ってくる。ところが2014年は教会離脱者の数は平均値を60%も上回っている。まさに、"nichts wie weg!"(逃げれる者は逃げろ!)という現象が起きている。一体、教会はどんなおぞましいスキャンダルを巻き起こしたのだろう。

事の起こりは2009年に導入された"Abgeltungssteuer"にあった。この新しい税制では、年間801ユーロを越える利子、配当金の収入があると、まずは一律、25%が課税される。さらには、"Solidalitaetszuschlag"(東ドイツ復興税)+"Kirchensteuer(教会税)がさらに徴収される。教会税まで払うと大体、29%の課税率である。これは株の売却益にも適用される。ちなみに日本では20%という低税率。ドイツに比べれば夢のような投資環境だ。

問題はこの教会税の支払い方法にあった。株取引の口座を開いている銀行に、「私はカトリックですので、教会税を天引きしてください。」と要請していれば、(合算して)年間801ユーロを越える利子、配当金などの収入があった場合、自動的に教会税が引かれる。わざわざそんな連絡をしておらず、罪悪感に悩まされた人は年末調整で教会税を自己申告できた。しかし教会は、株の取引をする欲に目の眩んだ投資家が、(払わなくても済むかもしれない)教会税を、自ら払うケースは少ないのでは?と疑い始めた。教会の当然の権利である教会税を払っていない迷える子羊を一匹残らず教会の策の内側に取り込むべく、「教会税も復興税と同じように、銀行が預金者から天引きするべきである。」と政府に陳情、カノッサに行きたくない政治家はこれを認可、必要な法改正を施した。

こうして2015年1月1日からは教会税が天引きされることになった。しかし銀行は預金者の信仰についてデータがない。そこで、「法改正により、2015年から教会税が天引きされることになりました。あなたは教会の一員ですか。」と問う手紙を預金者に対して郵送した。この手紙をもらった預金者は大いに驚いた。政府と教会がこっそりと法改正を行ったため、一般市民には寝耳に水だった。「また新しい税金が導入された。」と驚いた「迷える羊」は、次々と教会から離脱を始めた。

日本人で教会税を払っている人は少ないと思うが、「もう払いたくない。」という人は、市役所に行き、身分証明書を提示、「教会から離脱したい。」と言うだけでいい。市の職員なので、「せめて結婚するまで教会に残りませんか。」という説得はないし、何処かの新興宗教のように、誘拐、拉致されることもない。その代わり、手数料の31ユーロを要求されるだけだ。この31ユーロを払った途端に教会から解放される。これをしないで、「私は教会に属していません。」と銀行に虚偽の申請をすると、脱税を働いたことになるので注意されたし。

教会離脱者の数の急増に驚いた教会は、当初、その理由がわからなかった。新しいスキャンダルは最近見つかっていないのに、この離脱者急増の裏には何があるのか?教会が調査をしてみると、特に年金生活者がこぞって教会を離脱していた。通常は若い人に離脱者が多く、年金生活者はスキャンダルがばれても教会を離れない教会の最後の砦だった。この事実から、年金生活者が少ない年金からさらに新しい税金がさっぴかれる事を危惧して、教会を離脱していると推論した。

「これは新しい税金ではありません。」と教会は遅ればせながらキャンペーンを始めたが、年金を守ることだけを考えている年金生活者には、「馬の耳に念仏」で、全く効果がなかった。年金生活者は年金額を死守する事しか頭に無く、「そうではありません!」という説明は、教会の巧みな説得にしか思えなかった。こうして今、ドイツの教会はマチンルター以来の危機に瀕している。この高い離脱者の数が続けば、教会にとっては存立の危機に陥る。それもこれも、「教会税を効果的に徴収しよう!」と欲を出したが故である。教会の評判、地位、名声が高みにあった時代ならともかく、よりによって国民が教会の意味、意義を疑っているこの時期に、この案はまずかった。教会は屋根の上の鳩ではなく、手中のスズメで満足しているべきであった。

*
クリスマス前の12月22日、ローマ法王はバチカンで枢機卿に向けてのメッセを開いた。キリストを称える例年の祝辞が述べられると思っていた枢機卿は目が点になった。法王は歯に布を着せず、教会は人間的な感覚を失っており、精神的なアルツハイマー、顕示欲の精神病にかかっていると、教会の批判家さえもはばかるような強烈な言葉で、教会を批判した。これを聞いていた枢機卿達はその表情が凍り付いていた。カトリック教会は前法王(ドイツ人)の下、ますます保守的になり、一切の改革を拒否、問題を無視してこれまで通りの教会事業を続けようとしていた。これを今回の法王は痛烈に批判したのだ。普段ならオフレコで行われるそのような批判が、テレビ中継されている場で行われたことは、法王の決意の堅さを示しており、ドイツ国内では好意的に受け止められた。


あなたは払いますか?
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