黒いゼロ (28.12.2014)

2008年にリーマンショックがドイツに波及すると、「自分で招いた失態なので、(経営困難な銀行に)公的資金の投入はしない。」などと言っている暇はなかった。家が燃えているのに、「まずは消火作業の費用を誰が払うのか決めよう。」などと言っていたら、燃えている建物はおろか近隣の建物まで燃え尽きてしまう。そこでドイツ政府はふんだんに公的資金を投入、経営難に陥った銀行を次から次へと救済した。結果、2009年の国家予算は2兆9千億ユーロと過去最高額に達し、借金も前年比で2,3倍に膨らんだ。

この数字を見たドイツの政治家は、「このまま借金が増えたら、いつかは財政が破綻する。」と、迫り来る危険をはっきりと認識した。外国人が、「ドイツ人はケチ」というのも、あながち間違いではない。実際、財務大臣のシュタインブリュック氏は、2009年には借金ゼロの国家予算を達成する野心をいだいていた。ところが「待った!」が効かない金融危機、そしてこれに続く不況対策で公的資金を導入せざるを得ず、「借金のない国家予算を実現した財務大臣」として名前を残すことができなかった。しかしこれ以上いたずらに国の借金を増やさないように、「借金禁止令」を発令、税収入がないのに、国債を発行して国家予算を立てることを禁止した。これが2009年の事である。

シュタインブリュック氏の跡を継いだショイブレ氏だったが、2009年は大不況の年となり、税収入は激減した。2010年の国家予算では赤字額はさらに上昇して、440億ユーロに達した。以後、失業率はゆるやかに改善していったが、今度はユーロ危機が発生、ギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの赤字国家を救うために新たな借金が避けられなかった。2014年、欧州内の景気回復はかすかに改善に兆しを見せていた。スペイン、アイルランドなど、財政支援を必要とした国の経済が底を打って成長を始めたのだ。ところがここでロシアがウクライナへ軍事介入。都合が悪かったが、これを黙視するわけにもいかず、ロシアへの経済制裁後を決定。結果、欧州経済は不況に逆戻りした。ところがその中でドイツだけは安くなったユーロにより輸出が回復、企業は必要な人材を集めるのに苦労するほど労働市場は活性化して失業率が低下、11月の失業率は6.3%を記録した。リーマンショック前の好景気のドイツで失業率は7~8%だったから、ドイツ国内の景気は完全に回復した。

仕事に就いている人が多くなると、税金収入が改善した。借金禁止令の為、日本のように国債を湯水のように発行する事ができなかったので、ショイブレ氏は前任者が成し遂げることができなかった借金ゼロの国家予算達成が現実味を帯びてきた。ところがドイツ、イギリス、それにポーランドでは景気がいいが、その他のEU加盟国では経済が低迷を続けている。当然、「ドイツは一人勝ちしないで、欧州経済の活性化に予算を組み、EU経済の復活に貢献すべきだ。」と言う声がEU加盟国から聞かれ始めた。しかしショイブレ氏は、"Ich denke nicht daran."(有り得ない)と頭から拒否、欧州内ではただでさえあまりよくなかったドイツのイメージがさらに悪化した。しかしショイブレ氏は、他人の意見(非難)にはこれっぽっちも興味を見せなかった。日本が衆議院解散で沸いている11月28日、ドイツの国会では2015年の国家予算が決議され、ドイツ政府は1969以来の快挙である"Die schwarze Null"(黒いゼロ)、すなわち借金のない国家予算を達成した。

これに対するもっともな非難もある。財務大臣は名前を歴史に残すために「無理やり」支出をカットして、黒いゼロを達成した。お陰でEUは経済不況から抜け出せず、ドイツ国内でも緊急に必要な投資をカットした為、インフレはボロボロだというものだ。ごもっともなご意見である。比較対象として、日本の国家財予算を見てみよう。もう数日で2015年になるというのに、予算が成立してないが、誰もこれを問題と考えていない。というのも、もっとひどい問題があるからだ。すなわち日本の国家予算自体が、目も当てられない惨状を呈している。国は予算の実に43%を借金、すなわち国債(公債)の発行でまかなっている。そのような国は、先進国の中では、日本を除けば例がない。日本からみて「落第生」のギリシャでさえ、歳出に占める借金は6%に過ぎない

日本の借金は、バブル崩壊後、急激に増えていった。政府が早めに経営危機に陥った銀行を救済せず、これが完全に経営破たんしてから、公的資金を投入して後始末をするという本末転倒な政策の成果だ。この放漫な国家予算は10年以上も続けられた。ドイツでも2008年の金融危機、そしてユーロ危機で借金が増えたが、数年で通常のレベルに戻しているのに、日本は(ギリシャのように)借金に慣れてしまい、抑制が効かなくなった。2006年以降、日本の借金の増加は安定するかに見えたが、「国の歳出を削ることにより、国家財政を立て直す。」というミュンヒハウゼン男爵顔負けの経済政策でひっさげて新政権が誕生した。しかしこの政権はほどなく、「歳入が減っているときに、歳出を削るだけでは財政立て直しは不可能。」と身をもって体験する事になる。結局、無駄使いを指摘した前政権よりもさらに多額の借金を抱え込んだ。あまりの惨状に、日本の債務の信用度はAA2からAA3に下げられた。日本政府はここでも現実を見ず、「外国投資家の投資基準となるレベル、AAを死守した。」とまるで、偉業を達成したかのような言い振りだった。大本営発表の精神は、今日まで脈々と受け継がれている。

その後、日本の政権はバブル経済を引き起こし、その後始末で取り返しのつかないヘマを犯した政権に戻ったが、再び政権を失うことを恐れ公共工事を次から次に発注、借金の増加はさらに加速した。ところが選挙戦では、赤字財政はほとんどテーマにはならなかった。選挙民の関心は、「消費税は上げなくてはならないんですか。」というテーマに集中した。結果、「消費税の値上げに反対する。」という政党、「軽減税率を導入する。」と約束した政党、それに寛大な公共工事を約束する政党が勝利した。結局、政党は選挙民が聞きたいテーマしか選挙のテーマにできず、この鉄則を無視した政党は選挙では負けるのだ。その結果、日本の債務の信用度はAA3からA1に下げられた。すると日本政府はご機嫌を崩し、「外国企業の決定にコメントはできない。」と無視する事にした。先回の、「外国投資家の投資基準となるレベル、AAを死守した。」と言った手前、他にどんなコメントができただろう。

「そんな事を言っても、日本の国債は買い手市場で品薄じゃないか。借金をしても、その弊害が出ているとはいい難い。」という楽天家は、その精神は将来必要になるので、是非とも無くさないでほしい。今、日銀は80兆円もの公債を購入している。日本政府が毎年湯水のように発行してる公債が41兆だから、ほぼその2倍の量の公債を日銀が買っている。品薄になるのは当たり前だ。しかし日銀は永遠に公債を買い続けることはできない。いつかは終わる。するといきなり大量の公債が市場に出回るが、誰がA1レベル(そのときまでA1レベルを保持していれば)の国債を買うだろう。ギリシャだって2000年にユーロを導入してから、国が破綻するまで10年もこれまで堂々と赤字財政を続けてこられたのだ。ギリシャと違って日本には産業もあるから、10年やそこらは保つ。しかしこのままでは来るべきものは来る。2025年、日本はどうなっているだろう。確かなのは、2025年になってもドイツの財政/経済は、堅実なままであるという事だ。
          

歴史に名を残したショイブレ財務大臣。
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