"Dicke Bertha" (26.01.2015)

2007/8年に起きた金融危機がきっかけで世界景気が低迷した際、「米国は一番リベラルな政策を取るので、危機から脱出するのも一番早いと言われている。」と紹介した。まさにこのセオリーを証明するように、オバマ大統領は1月21日の一般教書演説にて、「危機は終焉した。」と宣告した。手に負えない事故を起した原子炉の残骸を、「すべて制御されている。」と平気で言ってのける某国の首相と違って、オバマ大統領の場合は、この言葉を裏付けるデータも揃っていた。米国の失業李は2014年12月に5.6%まで下がった。これは2008年5月以来の低水準で、労働市場はリーマンショック前の好景気と同じ水準まで復活した。未だに金融危機が巻き起こした経済危機を克服できてない欧州とは対照的だ。

この違いは、リベラルな経済政策の名前に恥じない„Quantitative Easing"、にあると言われている。このプログラムは2009年3月に開始され、QE1, QE2,そしてQE3と、2014年10月まで6年間も(しばらくの中断期間を含み)続いた。その間、「不公平だ。」「効果がない。」という数え切れない反対の声にも負けず、連邦銀行総裁は「この方法しかない。」と信じてこのプログラムを押し切った。そして6年後、アメリカの経済/労働市場は本当に復活した。

EUはアメリカのリベラルな経済政策を疑いの目で見ていた。ドイツを中心とする北EU加盟国、別名、優等生は、経済/労働市場危機の原因は、その国の経済構造にあると信じて疑わず、必要な構造改革をしないで、国債を買うだけで経済が活性化するわけがないと考えている。この論拠としていつも指摘されるのが日本だ。日本は量的緩和の発案国で、2001年にこれを実施したので、米国よりもずっと早い。その後2010年にQ2を発動、そして2013年からはQ3が始まっている。しかし米国と違って経済は継続的に活性化する様子を見せていない。その一方で財政赤字は国民総生産の2倍に達し、国債の信用度は下がる一方だ。だからドイツ人は元凶である構造改革をしないで、量的緩和をすると「日本に二の舞になる。」と量的緩和には反対だ。

その一方でギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの南EU加盟国、別名、落第生は、中央銀行が国債を購入する事により、国が支払う利息が減り、国の台所事情が改善、さらには金が大量に出回ることにより投資が活性化されて、失業率も改善されていくと主張した。その論拠として米国との他に、英国における量的緩和の成果も挙げている。英国では2009年3月に量的緩和を始め、今や経済成長率は人もうらやむ3%を記録、中央銀行が期待していた数字さえも上回っている。不況にあえぐ欧州で、一国だけ好景気に沸いて一人勝ちしている。すると、「やっぱり量的緩和は効果がある。」と思いそうだが、「量的緩和は歴史的見て大きな間違いだった。」と主張する専門家も少なくない。

量的緩和で一番損をするのは低所得者だと言われている。ゼロ金利では、元々少ないお金を貯金しても利子が付かないので、老後対策はお手上げ状態だ。さらに市場に出回ったお金は投資目的で不動産市場に投資されて、不動産価格、ひいては家賃の上昇を招く。これで儲かるのは、株や不動産に投資する余裕のある金持ちだけ。こうして社会の不公平の度合いが増し、裕福層はますます裕福に、中間層は貧困層に転落、貧困層はますます貧乏になるという。量的緩和が長期間行われている日本で、中間所得層が減少する傾向が指摘されているが、まさにこれが量的緩和の悪影響だ。その一方で、「構造改革が最優先」とがんと譲らす何もしなければ、深刻なデフレに陥り、出口を求めて数十年間ものた打ち回ることになる。実際の所、12月の欧州のインフレ率はマイナス0.2%と、リーマンショック以来のマイナスに転落した。ここまで悪化すると構造改革が先か、それともまずは量的緩和が先か、卵と鶏の論争をしている時間はなくなった。

12月の欧州中央銀行(以下、EZBと略)の定期会合後の記者会見で、「次なる対策に向けて、書類の準備に入っている。」と述べた所から、経済が奇跡的に回復しない限り、2015年1月にEZBは量的緩和を発表すると思われた。欧州裁判所がその1週間前に、「EZBによる加盟国の国債の購入は、EZBに与えられた権限内。」と判断した事もあり、12月22日にドラギ総裁が量的緩和を発表するのは、発表される前に「すでに決まったこと」とみなされていた。不明だったのは、量的緩和の規模だ。市場の前予想では、5000億ユーロ程度の規模が想定されていた。一部のエコノミストは期待を込めて7000億ユーロ程度の大規模のものになるかもしれないと、期待を覘かしていた。

記者会見に向かうドラギ総裁が乗ったエレベーターがEZBの超高層ビルの途中で止まってしまい、さらに緊張感を増したが、エレベーターが無事に地上階に到着すると、総裁は言葉に詰まることなく決定内容を公示した。EZBは2015年3月から加盟国の国債を毎月600億ユーロ購入、これは2016年9月までの18ヶ月間、(あるいは)経済が回復するまで継続されると発表した。その額、実に1兆1400億ユーロ。楽天家のアナリストが期待していた額を40%以上も凌駕する規模で、まさしく"Dicke Bertha"(ドイツ軍が第一次大戦で使用した大砲に兵隊が付けた愛称。)の名前で呼ばれるにふさわしい規模の緩和だった。

ただしEZBは優等生からの批判を十分に考慮した結果、購入される国債は加盟国のEZBへのお布施の額に比例するとした。すなわちもっとも多額のお布施を払っているドイツ政府の国債がもっとも多く購入されて、お布施の額が少ないスペイン、ポルトガルなどの国債は少量に限られることになった。さらには1月25日に総選挙を控えているギリシャ事情も十分に考慮した結果、「新政府がこれまでのEUとの取り決めを遵守する場合に限り、国債購入も有りえる。」とした。国債の購入が開始されるのが3月なので、それまでにはギリシャの新政府の態度もはっきりしているだろうという思慮の上での決定だ。
          
今回発表された量的緩和が終了する2016年9月までに、経済が米国や英国のように回復すると考えるのは、調子が良すぎるだろう。米国でさえ6年を要し、日本では10数年経っても持続的な効果が出ていないのだ。しかしEZBが今回量的緩和をしなければ、デフレが定着してしまう危険もあり、他に選択肢はなかった。この決定が正しいものであったのかどうか、2020年までには結果が出ているだろう。

編集後記
ECBによる量的緩和開始から3ヶ月しか経っていないが、すでに一定の効果は出始めている。2月にマイナス0.3%まで落ちたインフレーションは、この4月に0%まで回復した。さらに急激なユーロ安により、フランスやスペインなどの競争力の弱かった国の製品が市場競争力を増し、経済はゆっくりと回復に向かっている。欧州内で景気が回復して一番得をするのは、ドイツ。経済専門家は、2015年のドイツの経済成長率の予想をこれまでの予想の2倍に相当する、年間1.8%に引き上げた。

    
EZBの成果や如何!?
521.jpg

          
スポンサーサイト

Comment 0

Leave a comment