破産 (02.02.2015)

数年前、不況の真っ只中にイタリアで市営のバス会社が、運転手の新規採用の募集をした。書類審査と面接を経て110人もの運転手が採用されたが、一人もバスの運転免許を持っていなかった。全部、コネによる採用だ。これをドイツ語で"Vetternwirtschaft"というが、このような風潮は南に行くほど慣習化している。こういうことをやると、富が一部の上流階級だけに留まり、国が経済的に発展しない。さらには才能よりもコネが重視されるので、才能のある者が育たない。日本の某発明家が日本企業に発明品を見せたが、何処も興味を見せなかった。「どこの一流企業が使っている?」と聞かれたそうだ。「だから発明なんだ。」と言ってもまるっきり興味を見せなかった。結局、この発明家はある米国企業に売り込んだ。日本企業はその後、この米国企業にパテント料を払い、日本人の発明した商品を生産、販売する事になった。江戸時代なら構わないが、国境を越えて才能を奪い合っている時代にこんなことをやっていては、このように才能のある者、発明品、パテント、アイデアは、その才能を買ってくれる海外の国に出て行く。そしてかっては気にさえしていなかったライバルに追い抜かれ、旧態依然の企業は業績の低迷にあえいでいる。

ギリシャではこうした"Vetternwirtschaft"が当たり前。大臣や政治家は必要のない役職を創設して、ここに親族を公務員として就職させる。すると今度はその公務員が新規採用を募集して、コネのあるものばかり採用する。こうしてギリシャは肥大した公務員国家となり、税収入を遥かに超える額の歳出を10数年間も行ってきた。賢いギリシャ人が、「収入を超える歳出を何年も繰り返すと財政破綻する。」と言えば、もっと賢いギリシャ人が、「造幣所が印刷すれば済むじゃないか。」と考えた。流石、ソクラテスを生んだ国だ。うるさいEUには、ギリシャ政府が財政赤字を粉飾してEUに報告した。ところが悪事はいつかはばれる物。ギリシャの政府ぐるみの赤字隠しがばれると、誰もこの政府が発行する国債を信用しなくなった。こうして始まったのがギリシャに端を発するユーロ危機である。以後、ギリシャは国際通貨基金とEUから財政援助を受けて、外国への債務返済、膨大な数の公務員への給与支払いを行ってきた。その引き換えにギリシャ政府は国営企業の民営化、公務員のお給料カット、年金カット、さらには公務員自体の数を減らすことを約束した。

借金をする人の、「必ず返すから。」という口癖のように、ギリシャ政府も「必ず(遅れている)改革を行うから。」と言い訳、改革を先送りしてきた。国営企業の民営化は遅々として進んでおらず、政権を担当する党、政治家が変わっても、これだけは変わる事はなかった。その一方で、これまで流通していたお金が市場に出まわらないので経済活動が沈静化、ギリシャは28%もの失業率に悩まされることになった。ここでいきなり首相のサマラス氏はギリシャの大統領選を3ヶ月前倒しで、2014年12月に行うと発表した。一体、何を考えたのだろう。

「日本だって前倒しで選挙を行ったじゃないか。」と言われるかもしれないが、ギリシャの与党は自民党と違ってギリシャ国会で過半数をもっていない。だから前倒しの選挙をしても、与党の推す大統領候補が当選されるわけがない。ところがギリシャ人はそう考えない。与党の推す大統領候補が国会で承認されなければ、国会が解散になる。解散になれば左翼政党が勝つので、今、国会議員というおいしい仕事に就いている議員の多くは、失業する事になる。これを避けたいばかりに、与党の候補に賛成するだろうと首相は考えた。ギリシャ人でなければできない考え方だ。そしてこの方法はうまくいきかけた。最後の3回目の投票では、必要な180票の賛成票に対して、168の賛成票で、わずかに12票だけ欠けた。こうして国会は解散、1月25日に総選挙が行われることになったが、左翼政党が大勝するのは開票を待つ必要はなかった。開票しないとわからないのは、左翼政党は単独で過半数を取るかどうか、その一点だけだった。

Tsipras党首の、「緊縮財政は辞めて、昔の状態に戻す。」という公約は、「消費増税を断固阻止する。」という日本共産党に共通するものがあった。そしてこの公約はギリシャでも効果覿面で、左翼政党は選挙で圧勝した。しかし過半数である150議席に1議席だけ欠けた。過半数に必要な1議席を確保するため、党首のテイプラス氏は、日本の報道機関がまだ、「選挙で大勝した左翼政党が首相に就任する公算が高くなった。」と報じている間に、主義主張が180度異なる右翼政党、「独立ギリシャ人」党と連合政権を組むと発表、そのスピードと左翼と右翼の連立政権誕生は周囲を驚かせた。その翌日、テイプラス氏は首相に就任すると、直ちに組閣人事を発表した。まず大臣の数を半分に減らすと、国防大臣には右翼政党の党首を任命させた。日本の挙国一致内閣様々だ。そして肝心要の財務大臣には、「カジノ必勝法」の著者であるVaroufakis氏を任命するという、出来の悪い喜劇のような人選を行った。

しかしギリシャ人は本気だった。テイプラス氏は選挙で約束した通り、最低賃金を580ユーロから751ユーロに上げ、首になった公務員をすべて復員させ、そして国営企業の民営化をすべて白紙に戻すと発表した。皆まで言えば、年金生活者へのクリスマス金(日本で言うボーナス)の再導入、12000ユーロ未満の収入者への納税義務からの免除、30万人の貧困層には無料の食料品券の導入、医療費の無料化などなど、ユートピアのような政策を発表した。このユートピア案の実行には200億ユーロ必要だが、借金で首が回らず、EUとIWFからの財政援助で生き延びている国が、何処からその金をもってくるのだろうか。

総選挙前、ギリシャの遅々として進まない改革に業を煮やしたIWFとEUは、約束した財政援助を全額支給せず、「改革の進展を見て、残額を送金する。」としていた。すなわち今ギリシャの国庫にある金では、2015年2月までしか公務員のお給料、年金を払えない。このままではギリシャはあと1ヶ月で支払い不能に陥るのに、首相はこれまで緊縮財政を課してきたEUとIWFの「指図にはもう従いません。」と言い切った。財政援助は受けるが、口出しは断るというのだ。サウジアラビアのような産油国ならともかく、石油の代わりに借金の山しかないギリシャが言う台詞ではない。EUからの反応は素早く、「まだ誕生から2日しか経ってない政権と論争する気はない。」というものだった。テイプラス氏の主張の裏には、何があるのだろうか。まさか、本気の発言とも思えない。

「ギリシャがユーロ(圏)から脱退すればうまくいく。」と主張する人がいるが、的を得ていない。仮にギリシャがユーロを辞めて、昔の通貨、ドラクマに戻ったことにしょう。皆さんはこの新政府の発行する債券(国債)を買うだろうか。EUから借りた金を返さない政府の債権など、誰も買わないだろう。その結果、ギリシャは数週間で財政破綻する。100歩譲って、外貨をもてあましてる中国がギリシャの国債を買ったとしよう。しかし皆さんがギリシャ国民なら、保有しているユーロがみすみすドラクマに変換されていくのを、指を銜えて眺めているだろうか。誰もそんな事はしない。ドラクマになる前に口座からユーロを引き出しておき、ドラクマが導入されてからユーロをドラクマに両替すれば、大儲けできる。こうして銀行には預金を下ろす国民が殺到、ギリシャの銀行は倒産する。そんな事はあらためて説明しなくても、左翼のテイプラス氏でも知っている(筈だ)。ギリシャの将来は、国家破綻を避けたければの話だが、EUに留まるしか方法がない。ギリシャEU離脱論は、左翼政党のユートピア論同様に、現実的ではない。
          
もっと論理的な説明は、ギリシャがEUから借金の(一部)放棄などを含めた譲歩を勝ち取るため、故意に法外な要求をしているという説だ。しかしこの説明ではテイプラス氏が国民に対して行うと公言、そして実行するつもりであるユートピア案の説明ができない。その財源が何処にもないからだ。しかしギリシャ国民はこのユートピア案を信じて、左翼政党を選んだのだ。これが実行不可能で、取りやめることになった場合(とりやめるしか方法はない。)、「これまでの政党と同じじゃないか。」と国民の大反発は避けられない。結局、唯一の論理的な説明として残るのは、テイプラス氏は公約が実現できるかどうか全く考えておらず、単に選挙で勝つために、公約をしたというものだ。そう考えれば、氏の言動は理解できる。なればEUとIWFには、この2月末までにテイプラス氏を説得させるという、とんでもないお仕事が待っている。マルクスの経典を地で行くテイプラス氏を間に合って説得することができるのだろうか。現状を見る限り、短期的なギリシャの支払い不能は避けられないように思える。これを見通して、ギリシャの株式市場は1月末の1週間だけで、36%も下落した。今後しばらくは、好む、好まざるに関係なく、ギリシャから目が話せられそうにない。

編集後記
ギリシャ政府は首になった省庁のお掃除おばさんを、公務員として再雇用するなど、かっての公務員国家への復古を断行した。その一方で欧州財政委員からの要求、国営企業の民営化、年金需給年齢の引き上げ、年金支給額の減額には断固反対している。すでにギリシャ政府の国庫はからっぽで、債務返済期限を延長してもらうことで、財政破綻を先延ばししている。避けられないギリシャの財政破綻を前に、欧州の首脳が協議してギリシャ政府にその結果/要求を伝えると、欧州では「最後通報が手交された。」と報道されたが、日本の呑気な報道機関は、「新提案」と報道した。テイプラス首相は、債権者の要求に屈することを頑固として拒否しているので、6月中のギリシャの財政破綻はさけらないそうにない。そうなればユーロは短期的に暴落するだろうから、夏に欧州旅行を控えている人にはユーロを安く買うチャンスがやってくる。それともテイプラス首相が折れることがあるのだろうか?


勝者(新首相)と、
522 (1)


敗者(前首相)。
522 (2)
  
           
          
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