器の違い (16.02.2015)

21014年9月に交わされた停戦の取り込めにも関わらず、ロシア義勇軍は母なるロシアからの新鮮な兵力と最新兵器の増強を受け、攻勢を強めていった。時代遅れの兵器と戦闘意欲に欠けるウクライナ正規軍がこれに抵抗できる筈もなく、わずか半年でロシア義勇軍はその勢力範囲をほぼ倍に広げることに成功した。このままではロシアが併合したクリミア半島までの地上回廊と、その途上にある戦略上重要な大都市、Mariupolが義勇軍の手に落ちるのは時間の問題と思えた。窮地に陥ったウクライナは、米国に最新の兵器の提供を要請した。米国議会はこれに賛同したが、オバマ大統領は武器を提供するのをためらった。これまで米国が武器を提供したアフガニスタンのタリバンやイラクのサダムフセインなどの例が示す通り、提供した武器が米国に向けられることが少なくないからだ。

オバマ大統領が武器の提供に慎重だとわかると、ポロシェンコ大統領は今度はNatoに武器の提供を求めた。すると今度はNatoに参加しているドイツ、すなわちメルケル首相が、「ウクライナへの武器の提供は問題の解決にならない。」とこれに反対した。すると圧倒的に形勢不利なウクライナの情勢を見て、米国ではタカ派の共和党は言うに及ばず、民主党議員まで大統領に武器の提供を進言する始末(アメリカ人は歴史から学ばない)で、オバマ大統領も武器提供の承認に傾きかけた。するとメルケル首相は米国を訪問して、ウクライナに武器を提供しないようにオバマ大統領を説得した。

「何故、ドイツはウクライナへの武器提供にそれほど反対するのか。」と日本でも話題になり、有名大学から欧州事情に詳しい教授が招かれて、持論を展開した。「ドイツとウクライナは宗教、言葉、民族も違うから、ドイツはウクライナへの感心は薄い。」とその教授は持論を展開した。このような的外れの認識を持っている専門家が政府をアドバイスするので、政治家が間違った判断をしてしまうのも無理ははない。イスラム国に人質を取られて、その解放に向けて交渉をしている最中に首相が中東諸国を訪問、非道なイスラム国と戦う中東諸国へ支援を約束した。これを積極的平和主義と呼び、自画自賛した。その結果は、人質の殺害で終わった。ではどうすればよかったのか。そのお手本はすでに存在していた。トルコ人49人がイスラム国の人質になった際、トルコ政府は西側政府とは距離を置き、イスラム国を刺激する行動、声明は避けた。イスラム国を刺激しないように、トルコ国内では人質問題に関する報道を禁止したほどの徹底振りだった。その甲斐あって、人質49人は無事解放された。状況を正しく認識できる人間がいれば、助けることができた命だった。

それでは何故、ドイツはウクライナへの武器提供に消極的なのだろう。これを知るには、新聞を買って一面を開いてみるだけでいい。今、米国が武器を提供しているシリア内戦では、海の向こうの出来事なのに、欧州には数万の難問が押し寄せており、これを報じるニュースが紙面を飾っている。ウクライナに武器を提供したら、戦火は拡大、そして長期化して、数百万のウクライナ難民が発生する。シリアと違って難民と欧州を隔てる障害物は何もなく、難民は退去して欧州に押し寄せるだろう。その難民を受け入れるだけの余裕は、リビア、シリア、そしてコソボからの難民で手一杯の欧州にはない。もしウクライナがシリア化すると、それは欧州凋落の引き金になる。だからウクライナへの武器の提供を拒んでいるのだ。そして強大な兵器産業から政治資金をもらっている米国の政治家が、武器の提供に積極的なのは言う間でもない。ウクライナが第二のイラクになっても、ウクライナは大西洋の向こう、米国には最小限の悪影響しかない。こんな簡単な事情さえも、日本に住む「専門家」には見えていない。

日本の専門家の意見ではウクライナに関心の薄い筈のメルケル首相は、これで何十回目になるだろうか、再びプーチン大統領に直談判して、ドイツ、フランス、ウクライナ、そしてロシアの4国が参加する平和会談に出席するように要請した。「停戦に合意する。」と言っておきながら、その裏でウクライナに武器と兵隊を送ってきたプーチン大統領が、この呼びかけに応じる可能性は低い。例えプーチン大統領が会談に参加しても、何の結果も生まれない可能性の方がはるかに高い。そうなれば、「メルケル首相は何度騙されたら理解するのだ。」と言われる危険があった。にもかかわらず、メルケル首相はこの危険を犯した。ウクライナに感心がないのなら、そんな事はしない。

プーチン大統領の目標は、一体、どこにあるのだろう。よく主張されるようにロシア系住民が多く住み、ウクライナの重工業地帯である東ウクライナの併合を考えているのだろうか。しかし本当にロシアが東ウクライナ領の併合を目論んでいたなら、これを実行するチャンスはいくらでもあった。これを未だに実行してないということは、現時点ではウクライナのさらなる領土併合は考えていない。氏の目標は別の所にある。プーチン大統領は、かってのバルト三国のようにウクライナに親ヨーロッパの政権が誕生して、「Natoには参加しません。」という約束を保護にしてNatoに加盟する事を恐れている。これを妨げるにはウクライナのアフガン化が効果的だ。常に流動的な政治基盤にしておけば、安定政権の誕生を防ぐことができる。だからプーチン大統領は、平和会談の出席には懐疑的だった。3:1で交渉すると、欲していない妥協案に首を縦に振ってしまうかもしれない。こうして最後の最後までプーチン大統領の参加が危ぶまれたが、白ロシア、日本ではベルラーシと言うらしい、の首都、ミンスクの会談に1時間遅れで到着した。

こうして誰も期待していない平和会談が始まった。「数時間で話し別れに終わる。」という悲観的な見通しとは反対に、会談は長く続いた。一時、ロシア関係筋の話として、「期待以上によく進んでいる。」というニュースが流れると「ひょっとしたら。」と期待が増したが、「ウクライナ政府が飲めない条件を出してきた。」との報道もあり、期待はすぐに消散した。しかし12時間経っても会談が続いているという事実は、何らかの合意を目指して努力が続けられていることは間違いないようだった。会談開始から14時間が経過した頃、「分離主義者が合意へのサインを拒んでいる。」と報道されて、これで終わったかと思いきや、さらに会談は2時間続いた。そして会談開始から16時間後、まずはプーチン大統領が記者団の前に出て、「根本的な点で合意に達した。」と告げた。これまでは、「ロシアは戦闘に加わっていないので、話し合いのパートナーではない。」と係争を頭から否定していたのに、今度は「停戦に同意した。」というのだ。「今まで嘘をついていました。」と自ら認めていることになるのだが、本人はこの事に気づいていないようだった。

今回合意された停戦協定は、"Misnker Abkommen"(ミンスクの停戦協定)と呼ばれる。去年の9月にも合意された協定も同じ名前だったので、今回は"Misnker Abkommen 2"という正式名称になった。全部で12の条項からなる。まず2015年2月15日0時から停戦が発効する。双方は重火器を前線から引き上げる。そして境界線は、去年の9月に同意された境界線が採用された。これによりキエフ政府は領土のさらなる損失を防ぐことができたので、協定にサインする気になった。その一方で分離主義者は、プーチン大統領からの命令でサインはしたが、ウクライナから分捕った領土が認められないので、面白くない。今後、この点を巡って大いにもめることだろう。メルケル首相が会見で、「これは"Hoffnungsschimmer"(かすかな希望)に過ぎない。」と述べた通り、停戦が実現する可能性はせいぜい半分だろう。

もし停戦が実現した場合は、キエフ政府がロシア義勇軍が占領している地域に、ある程度の自主裁量(自立)を認める。これがウクライナ国会で承認されればロシア軍は装備、及び人員を完全に引き上げて、国境の警備は再びウクライナ軍の管轄下に戻される。この協定がそのまま実行に移される可能性はゼロに近いが、それでも双方が守るべき協定、それに時間表が出来たことの意味は大きい。ロシアがウクライナ東部地域を実質上の支配下に置く事で、ウクライナのNato参加の可能性がなくなり、持続的な停戦も可能になるかもしれない。

仮にそうなった場合、ミンスク停戦はメルケル首相の外交上の偉業として歴史に残るだろう。数々の挫折にもかかわらず、再三、ロシアに話しかけた首相の忍耐、そしてその行動力には、これまで首相を非難していたドイツの野党まで賛辞を惜しんでいない。その一方でアジアには積極的平和主義を唱えて、近隣諸国との緊張を高めている政治家がいる。器が違いすぎる。

メルケル首相の尽力により和平会議が開催されたが、
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その取り決めは未だに守られていない。

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