同じ穴の狢 (06.05.2015)

国会で圧倒的な過半数を有する連立与党。メルケル首相の人気はウクライナ危機の前から高かったが、ウクライナ危機では野党もその忍耐と外交手腕を評価するほどで、メルケル第三次政権は向かうところ敵なしだ。2017年に行われる総選挙では、かってのコール首相でもきなかったメルケル第四次政権樹立も可能な、それも楽勝雰囲気が漂ってきた。ところがあまりに人気がメルケル首相に集中しているため、もし首相が、「もう出馬しない。」と言い出した場合(言い出しそうにはない。)、あるいは何かの理由でメルケル首相が出馬できない場合、CDUは代わりに立てる(勝てる)首相候補がないという、ある意味贅沢な悩みに直面している。次回の総選挙までわずか2年程度。この間にメルケル首相の地位、名声、人気が墜落するほどの事件が起き得るのだろうか。

その安定政権も、スキャンダルなしではない。それどころか結構、大きなスキャンダルを抱えている。2年前、米国が同盟国の政治家をスパイしている事が発覚して大きなテーマになったが、今度はドイツの諜報局が、米国の諜報機関NSAの要請を受けて、EU議会の政治家、フランス、オーストリアの政治家を盗聴していたとドイツのメデイアが報道した。かってメルケル首相の携帯電話がNSAに盗聴されていたことが報道されると、メルケル首相は「友人を盗聴する事はあってはならない。」とNSAを非難した。しかしBNDが同盟国の政治家を盗聴しているなら、これほど勝手でお調子のいい事はない。各放送局がニュースのトップテーマに上げて、日々、この新しい盗聴スキャンダルについて報道すると、「叩けば誇りが出てくる。」と言う通り、誇りが大きく舞い上がった。

その後、BNDの盗聴の標的は政治家だけではなかったと報道された。日本人の大好きなフュッセンのお城の近くにあるBad Aiblingの町にあるドイツ軍の盗聴施設を利用して、EADSなど、欧州を代表する企業を盗聴、そのデータをNSAに渡していたという。早い話がBNDによる企業スパイで、これは"Verrat"(裏切り)に相当する。本来、外国の諜報機関からの盗聴を妨げる任務で創設されて、お給料をもらっているのに、外国の諜報機関に情報を提供しているとは一体、どういうわけなのだろう。もしドイツ国内の企業、政治家に対して同様の盗聴行為を行っていれば、"Verrat"では済まず、"Hochverrat"(国家反逆税)だ。そして本当のスキャンダルは、まだこれからだった。

ドイツの諜報機関を監視する役目は"Kanzleramt"(首相府)の長官にある。報道によれば、BNDは数年前にこの盗聴行為を長官に報告していたという。しかし当時の長官はこれを承認、あるいは黙認した。その後、長官は2度も変わったが、歴代の長官はこの裏切り行為を黙認して、これまで何も対策をとっていなかったというのだ。そしてこの盗聴は、NSA職員だったスノードン氏の亡命、その後の暴露でようやく終焉を迎えたという。首相府の長官が盗聴行為について知らされていたということは、首相にも知らされている。メルケル首相は何故、この盗聴行為を止めなかったのか。こうしてスキャンダルは、メルケル政権を揺るがす一大スキャンダルへと発展した。

非難の矛先は、この盗聴行為が始まったとされる時期に首相府の長官で、現、内務大臣のde Maizière氏、そしてドイツ鉄道に鞍替えした後釜、そして現首相府の長官、そして首相自身に向けられた。焦点は誰が、いつから、どれだけ知っていたかという点。記者の質問に対して内務大臣は、「極秘扱いになっている件を、テレビの前で話せない事を理解していただきたい。」とうまく逃げた。ところが、そうは問屋が卸すわけもなかった。野党、あるいは連立政権のSPDにしても、政敵であるCSU=メルケル首相を叩ける最大のチャンスである。これをみすみす見逃してしまうわけがない。ちょうど国会では、ドイツ国内におけるNSAの盗聴行為で国会の調査委員会が開かれており、「渡りに船」だった。委員会はBNDに証言を求めたが、発言はすでにメデイアで報道されている内容の繰り返しに終始した。そしてそれ以上の質問は、「知らない。」と、のらりくらりと逃げた。

堪忍袋の緒が切れそうになった委員会は、首相府の歴代長官を召喚して、「真実を話します。」と宣誓させてから、証人喚問を行うといきまいている。宣誓の上での証言であるから、虚偽の証言をすれば刑事訴訟を受け、実刑判決は免れない。それでも、「知りません。」で通すなら、歴代長官を裏切りで告訴するという。もっともこの委員会は元々、ドイツの政治家、国民に対する盗聴行為を調査するため、政府与党の賛成があって発足した。自分の首を絞めかねない状況で、委員会がどこまで真面目にこの一件を追求するか、疑問が残る。その一方でNSAに盗聴されたと報道されている軍需産業のEADS(今の名前はエアバス)社は、検察に被害届を出した。今後、検察が調査に乗り出すことになるが、どこから新しい暴露なりタレ込みがない限り、「盗聴の証拠が見つかりませんでした。」というお粗末な結果に終わる可能性が高い。

ドイツ政府がNSAによる盗聴活動を非難、米国大使館勤務の諜報機関長を好ましからざる人物として国外追放した際、米国の政治家は、「皆がやっていることじゃないか。」「何をそんなに興奮しているのかわからない。」と、ドイツ政府の行動に全く理解を示さなかった。当時は米国の政治家の傲慢さを象徴するように思えたが、今回の報道を見る限り、ナイーブだったのはこちらで、「大人」だったのは米国側だと認めざるを得ない。国際政治の舞台には信頼などないことを、今回の一件は如実に教えてくれた。又、ドイツのように過去の経験から諜報機関を監督する機能が存在している国でも、諜報機関が堂々と違法な盗聴行為を行っているなら、それ以外の国の状況は推して知るべしだろう。

編集後記
その後、論争の争点はBNDの盗聴活動の方法に移った。具体的に言えば、盗聴した膨大な量のデータから、どのような検索をして必要な情報を調達したのかという点だ。しかし政府とBNDはこの検索に用いた言葉を提示する事を拒否している。これを公開してしまうとBNDが盗聴行為を行った対象がわかるばかりではなく、その盗聴の方法も明きらかになるからだ。そこで政府は今回のスキャンダルも、「国の安全に関わること。」との理屈で、真実を闇に葬ってしまいそうな按配だ。ちょうど日本の特定秘密保護法のようなもので、民主主義の大事な柱の一つが大きく制限されてしまう。違法な行為を行っている政府には、とても都合のいい法案だ。


「軍管理地域(撃ちます!)」の看板。
528.jpg


スポンサーサイト

COMMENT 0