狼少年 (27.07.2015)

2010年、ギリシャ政府ぐるみの赤字隠しがばれ、巨額の負債が明きからになると、「ドイツの納税者の税金がギリシャ救済に使われるのでは?」と憶測された。しかし、「ギリシャ政府は財政支援は不要だと言っている。」とメルケル首相は国会で答弁、ドイツの納税者がギリシャ政府の不正のツケを払わされることはないと保証した。そのわずか数ヵ月後にはギリシャは事実上、財政破綻した。国債はジャンク(紙屑)の査定を受け、ドイツの国債が1%程度の利率なのに対してなんと376%という利率まで上昇、実質、買い手がみつからなくなった。ここでギリシャを破産させると、経済基盤の弱い他の国も巻き添えになりかねない。さらにギリシャにお金を貸している銀行も大きなダメージを受けてしまう。そこで銀行ロビーからの強烈な要請もあり、第一回目のギリシャ財政支援が決定された。その引き換えにEUは、ギリシャ政府には厳しい緊縮財政を課した。結果、ギリシャ人はこれまでのキリギリスのような生活から、爪に火をともすような生活を強いられたが、これまで楽をしていただけに、現実は厳しかった。

「すべての経済専門家はこの方法が正しいと言ってる。」メルケル首相は阿部首相ばりの論理を展開、最後には有名になった一言、"alternativlos"(他の選択肢はない。)と首相、わずか数ヶ月で180度転換した政策を擁護すると同時野党からの質問をブロックした。こうしてギリシャに財政支援が行なわれたが、大部分はギリシャ政府が抱える債務の支払いに費やされ、ギリシャ国民がこの財政支援の直接の恩恵を受けることはなかった。元々、この財政支援はギリシャ国家の財政破綻を防ぐのが目的で、国民の生活の安定などは考えられていなかったので、無理もない。厳しい緊縮財政のしわ寄せは、社会の中間層と低所得者層がモロに食らった。そのいい例が年金だ。国が約束していた年金を目当てに一生働いたのに、年金額が5~15%も減額された。ギリシャよりもはるかにひどい負債を抱える日本人にとって、これは他人事ではない。政府の約束、それも巨額の負債を抱える政府の約束など、都合が悪くなれば簡単に反故にされる。

この緊縮財政でギリシャ国民は大いに苦しんだ。もっとも2008年の金融危機が引き起こした不況で、バルト三国は今のギリシャ政府と同じように破産寸前まで追い込まれたが、EUから1セントも税制援助を受けることなく、この危機を乗り切った。これを可能にしたのは、今のギリシャに課されているよりも厳しい緊縮財政政策を政府が導入、国民は黙ってこれに耐えしのいだ。他に方法がなかったから、我慢するしかなかった。その涙ぐましい努力の結果、バルト三国は金融危機を自力で乗り切った。同じことがギリシャにできてもよさそうなものだが、ギリシャはその前に裕福な生活を享受していたので、緊縮財政をEUが課す罰則としか見ることができなかった。またEUは緊縮財政を課す一方で、低迷するギリシャ経済をてこ入れする政策の導入を怠った。おそらくはEU加盟国の懸念、「ギリシャは好き放題した挙句に、うまくいかなると今度はEUから補助金をかしめている。」との国民(有権者)からの反発を恐れての事だろう。又、自力で危機を乗り切ったバルト三国は、EUがギリシャだけを特別扱いをする事に同意しなかったろう。

しかし「石の上にも3年」と言う通り、2014年にはギリシャ経済はやっと復活の兆しを見せて、経済はマイナスからプラス成長に転じた。ここでEUが経済にてこ入れ、融資を受けれず苦しんでいるギリシャの企業に融資を行うなどの経済措置をとっていれば、さらに経済は回復のスピードを増して、ギリシャ国民も始めてその恩恵を受けれることができたかもしれない。しかるにEUはさらなる緊縮財政、正確には早期退職制度の廃止、食料品の軽減税率の廃止、ギリシャの唯一の外貨の稼ぎ主である環境業が享受していた優遇税率の廃止などを求めた。長く緊縮財政の下で苦しんでいたギリシャ国民は、これに猛反対した。ここでテイプラス氏が登場、「緊縮財政を終わらせる一方でEUから財政援助を引き出し、ギリシャ人は以前のような生活に戻れる。」と約束した。日本の下院の選挙でも、いまさら止めることはできない増税に対して「増税反対」と、票目当てに実現しえない目標を掲げた政党が躍進した通り、ギリシャでも(実現不可能な)楽な生活を約束する政党が勝利した。

こうして誕生した左翼政権は、EUが財政管理の為に派遣していたトロイカの入国を禁止、ギリシャ国民の喝采を浴びた。もっともギリシャ政府は、「トロイカという名前でなければ、委員会と協議する容易がある。」と補足、以後、トロイカは委員会と呼ばれることになったが、メンバーはトロイカと同じ。左翼政府はそれでも憎い「トロイカを粉砕した。」と国民に対して新政府の手柄を自画自賛した。この一幕が示すように、新政府はEUが示す政策にことごとく反対した。EUがギリシャへの財政支援の条件としてさらなるギリシャ政府の改善案を要求すると、ギリシャ政府の提案は締め切りを過ぎてから届き、しかもギリシャ語で書かれているなど、EUをなめきっていた。「ギリシャはEUから出て行け!」という世論がドイツ国内で広まる一方で、政治家はそのギリシャ政府と交渉を継続、なんとかしてギリシャをEU内に留めておくべく、涙ぐましい努力を続けた。

6月末になるとギリシャの国庫はからっぽになったが、この時点でもまだ協議が続けられた。EUはここでやっとこれまでの過ちを悟った。EUはギリシャの落ち込んだ経済活動を活性化するために巨額の投資を行うので、その引き換えにギリシャ政府にさらなる改善を求めた。テイプラス首相はこのEUの譲歩を勝利として宣伝する事もできたが、EUの提案を受けれるかどうか、国民投票を行うと発表した。あまりの厚かましさに開いた口がふさがらないドイツの財務大臣、欧州経済団長はギリシャ政府との協議を中断、ギリシャはその運命に委ねられることになった。左翼政府は国民に、「今後もEUのいいなりになって緊縮財政を受け入れる用意があるか。」と趣旨を入れ替えて国民に問うと、これまでの緊縮財政で苦しんだ国民が賛成するはずもなく、首相の思惑通り国民の2/3は反対の投票をした。ギリシャ国民は、この選挙結果をまるでトルコに戦争で勝ったかにように大喜び、国会の前でギリシャ国旗をふりかざして、この勝利を夜明けまで祝った。しかしEUからの財支援がなければギリシャはあと数週間で支払い不能になる。"No"と投票すると、ギリシャは破産するのだが、摩訶不思議なことにギリシャ人はそうはそうは考えなかった。ここで"No"の投票をすれば、緊縮財政がなくなり、再び楽な以前の生活に戻れると本気で信じていた。政府の宣伝に躍らせられた挙句、国民は現実を受け入れることができなくなっていた。

国民投票後、欧州財政委員会長は、「今更何を交渉する。」と発言、交渉する意欲をなくしていた。ドイツの財務大臣も似たり寄ったりで、ギリシャのEU離脱案を欧州議会に提出、ギリシャ人の反感を大いに買った。しかし欧州議会大統領のユンカース氏は欧州議会にて、「EUはギリシャを見捨ててはならない。」とよりによってドイツ語で演説、ギリシャをEUから追い出したいドイツ国民とその政治家に訴えた。スペイン、フランス、イタリア、それに多分ポルトガルの首相もこれに同調したが、テイプラス氏の理解者はわずか片手で数えられるだけのだけの数に留まった。ギリシャの運命は、7月12日にEU加盟国の首相が会合して、決定されることになった。ドイツ、バルト三国は言うに及ばず、安い原油で3年も続く経済不況に悩むフィンランドなど、北のユーロ諸国はギリシャ離脱派だった。これに対して、「明日はわが身。」の心配のある南ユーロ加盟国は、概ねギリシャにの状況に理解を示した。ギリシャの運命を決めるこの会議はなんと17時間も続き、その結果はギリシャへの条件付きの最後の財政支援提案をするというものだった。ドイツを始めギリシャ離脱派が多数を占めていただけに、この結果は意外だった。

テイプラス首相は、「これがギリシャを破綻から救う最後の機会」と現実を正しく判断した。早速、これまでのなめきった態度でEU加盟国から反感を買っていた財務大臣を首にして、もっと言葉を選んで話すことができる政治家を財務大臣に据えた。その後、首相と財務大臣はブリュッセルに飛び、委員会との交渉に入ったが、これまで散々虚言を聞かされていた委員会は、ギリシャ政府が約束する言葉を信じてもいいのか、確信が持てなかった。これまで言葉で約束しても、その言葉を守らなかったことがあまりにも多すぎた。又、これまで散々騙された氏に、少々お灸を据える目的もあったのだろう、委員会はギリシャ政府に6月に提案していた案よりも厳しい措置を要求した。多分、これを条件にEUの首脳はギリシャへの財政支援に同意していたのだろう。これを聞かされたテイプラス首相は勿論反対したが、氏の虚言に愛想が尽きていた委員会は、「嫌なら嫌でいいよ。」と譲歩する余地をみせなかった。ここに至ってテイプラス首相はようやく、はったりをかけすぎたことを悟ったが、すでに時遅しだった。氏はEUの厳しい提案を受け入れ、EU加盟国の18国はこの第三次財政支援を自国の国会で審議、採決する事になった。

ドイツ国民は、ギリシャにまたしても無駄な金が支払われることに反対だったが、政府はこれを国会で可決した。もっと大きな反対はギリシャ国内で起こった。この前国民投票を行い、EUの提案を拒否する決議をしたばかりなのに、よりによってその否決を訴えた政府が、提案に賛成したのだ。ギリシャ国民、とりわけ左翼と無政府主義者はギリシャ国会前で、火炎瓶を投げて政府に抵抗したが、国民の多数派はそれでもまだ首相を信頼していた。テイプラス首相の約束、「緊縮財政を終わらせて、昔の生活に戻れる。」とこの時点でも信じている様子だった。ギリシャ国民はテイプラス首相も、EUに抵抗はしたものの、これまでの政治家と変わらないことを、遅かれ早かれ悟るだろう。テイプラス首相が本当に中間層低所得層を救いたければ、国会での過半数を武器にいつでも法律を改正、ギリシャの超金持ちである海運業者を納税の義務から解放する法律を廃止する事ができた。しかしテイプラス首相がこれまでの半年間行ってきたのは、「鬼畜米機!」とばかりに、EU、とりわけドイツを非難する事ばかり。まともな政策決定は、何一つ行っていない。

では、今後、ギリシャはどうなるのだろう。ドイツを始め、EUがギリシャに貸しているお金は戻ってくるのだろうか。政治家は、「債務の放棄はしはない。」と言っているが、ここでも債務の放棄は遅かれ、早かれ、やってくる。ギリシャの債務は国民総生産の177%日本の227%に比べればまだかわいいが、ギリシャには産業がない。マイナス成長を続ける経済のため、ギリシャでは大学を出ても職がない。こうして本来はギリシャの明日を担う若者、それも高等教育を受けた人材が、職を求めて国外に移住している。日本のように地下資源がないギリシャが、将来を担う人材も失っては、状況を改善する切り札がない。ギリシャ経済を復活させるには、ギリシャ政府が返済する債務を減らし、余った金を国内のインフラや教育など、将来に投資するしか道がない。しかし腐敗しきったギリシャ政府、ギリシャ社会にお金を渡すだけでは、何ひとつも改善されない。EUはギリシャに財政支援と行うと同時に、早急に官僚システムを大幅に改善する必要がある。果たしてこれを実行する事ができるかどうか、非常に大きな?が残る。数年後には、ギリシャへの第四次財政支援が必要になるだろう。


選挙に勝った喜びは何処に?
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