"Entscheidend ist, was hinten rauskommt."* (25.09.2015)

しばらく前の話になるが金融危機が巻き起こした不況が猛威を振るっている2009年、日本の鈴木モーターは、「困ったときは呉越同舟」と、ドイツの車メーカーVWと共同戦線を張る決定をした。このニュースを聞いた瞬間、「これはうまくいかない。」と直感した。日本人とドイツ人、共通点が多いと信じている方が多いが、実はこれ水と油。戦争のような混乱になれば、うまく混ざり合うように見えるが、時間が経てば経つほどくっくりと境界線が見えてくる。古い企業観念に縛られた日本企業と、合理的、かつ効率最優先のドイツ企業の共同戦線が、うまく行く筈がない。日本企業とは言え、ドイツでも車を販売している鈴木、欧州に駐在している有能な人材もいた筈だ。何故、鈴木の現地法人は何も言わなかったのだろうか。本社の決定に、ドイツ支店が反対の声を上げると出世が危ぶまれるので、誰も正直に意見を言わなかったのかもしれない。しかしそのツケはとても高くついた。

各国政府が景気対策として導入した新車購入の補助金政策により、比較的短期間で車業界は活性した。河を渡ってしまうと、鈴木側にはVWの要求が、尊大で無茶な要求としか思えなかった。効率を最優先する企業とはそういうものなのだが、鈴木はVWが会社の規模を逆手にとって、企業として見下されていると感じた。案の定、この共同戦線は最初からうまく機能しなかった。鈴木はVWと約束していた共同開発する小型車を一向に開発せず、さらには約束されていたVWのエンジンを鈴木の車に載せることなく、鈴木のエンジンを載せた。早い話が共同戦線は、紙の上でしか存在していなかった。鈴木はうまくいかなかった日独同盟の夢から覚めると、VWが取得した19.90%鈴木の株式の買い戻しを求めてロンドンの国際仲裁裁判所に訴えた。ドイツ側が、「契約は契約だ。」と契約の遵守を求めたので、鈴木は訴えるしか方法がなかった。結局、2015年8月末、仲裁裁判所は鈴木の訴えを認める判決を下した。

おそらく日本ではこのように報道されていたに違いない。ドイツではちょっと違った。2009年、経済危機のお陰で株価は安く、VWは鈴木の株式を17億ユーロで取得した。あれから6年近くたって株価は回復、鈴木モーターは自社の株を買い戻すために、その倍、34億ユーロもの大金を払うことになった。ドイツのメデイアは、「VWはうまくいかなかったパートナーシップでぼろ儲け」という書き方をした。日本では、「高くついた鈴木の冒険」という書き方がされてもよさそうだが、VWがどんなにぞんざいな対応をしたのか鈴木の言い分ばかりが記述され、この冒険にかかった費用は端っこで書かれているだけ。鈴木が倍の費用を出して買い戻した事実を指摘するのは「正しくない。」と判断された。

誰かが勇気を出してこの凸凹コンビの共同戦線を止めていれば、鈴木は大金を節約する事ができただろう。しかし日本ではそのような考え、会社の決定に反対するのは異端とされている。もし誰かが反対していれば、会社を首になるか、よくても左遷されてインドで支店長でもしていることだろう。鈴木の支払いは、この株価の買戻しだけには留まらない。鈴木側はVWのエンジンを鈴木車に搭載する契約を守らかったので、VWは契約違反金を求めることができる。ドイツ側がこのダダで儲かる機会を利用しないと思ったら、大間違いだ。スカイマークがエアバスに大型航空機を注文、キャンセル料の支払いができず倒産に追い込まれたように、ドイツ側は契約遵守を主張する。今後、鈴木はこの冒険の後始末にしばらく悩まされることになるだろう。もっとも鈴木が契約違反をして、VWのエンジンを搭載しなかったのは、後からみれば「怪我の功名」だった。

日本のメーカーが世界にさきがけてハイブリット社を実用化した際、ドイツ企業は口を揃えて、「燃費、値段の上で、デーゼルエンジンはハイブリット車よりも優れている。」と主張した。確かに当時は高いハイブリット車よりも、効率のいいデイーゼルエンジンの方が安くあがった。しかし問題は硫黄酸化物、窒素酸化物、煤などの廃棄物にあった。ハイブリット車はガソリン車なので、ガソリンの消費を節約を抑えるハイブリット車は、環境面ではあきからにデイーゼルエンジンよりも優れていた。しかしドイツ人がアジア人に負けたことを認める筈もなく、ドイツ企業はこぞって"clean diesel"キャンペーンを開始した。ドイツ車は特殊な燃焼技術を用いているので、排ガスはクリーンで「環境にやさしい。」というものだっだ。

この宣伝を信じた米国のNGO団体が、ドイツのデイーゼル車はどんなにクリーンか実証してみることにした。実証に用いられた車はBMWの人気車種X5、VWからはPassat,Jettaなどが選ばれた。X5は公開されているよりも低い値を出して、ドイツ車の高い技術力を証明したようだった。ところがVW車は、企業側が発表している値よりも20~30倍も高い数値を示した。この数字は計測間違いの産物なのか?自信のない団体は、このデータを米国の環境省に報告した。環境省が指摘された車種をテストしてみると、同様に高い廃棄物を示す数値が出た。そこで環境省はVWに排ガスシステムの改善を要求、VWはリコールを行い指定された車種の「改善」を行った。米国の環境省は、「改善しました。」という企業の声明を信用せず、再度、廃棄物の数値を計測した。すると数値は、改善前と何も変わっていないことがわかった。そこで環境省はVWに対して、企業側が提出ている値と実際の計測地の違いを説明するように要請した。これが2014年5月の事である。ところがVWはこの要請に全く返事をしなかった。

2015年9月、ドイツは言うに及ばず世界中の車メーカーは、フランクフルトで行われる世界最大の車の見本市、IAA 2015の準備に余念がなかった。そして見本市は、メルケル首相が開会を宣言して始まった。首相はわざわざVWの展示ブースを訪問して、社長のヴィンターコルン氏と一緒に記者の質問に答えた。ヴィンターコルン氏は月末に社長としての任期の延長を控えており、ピエヒ氏の攻撃を巧に防御、鈴木との共同戦線では水手に泡の大儲け、まさに順風漫歩、氏の任期延長を妨げるものは何もないように思えた。ここでほとんど忘れかれていた米国の環境省が、米国におけるVWの新車(デイーセル車)には、販売許可を与えないと発表した。このニュースが伝えられたのは週末だったが、VWは急遽、上層部が集まって対策を協議した。そして翌日、VWはあっけなく、排気ガスの測定を操作したと認めた。VWは直ちに非難に対応した事を誇示したつもりだったが、日本と違ってドイツのメデイアは冷酷だった。「VWは2014年の5月にすでに説明を求められていたのに、1年以上、何も対策を取らなかった。」とVWの対応の悪さを非難した。

日本で言えば東芝のようなドイツを代表する企業の違法な操作だけに、このニュースはドイツ社会に大きな衝撃をもたらした。「操作をしているのはVWだけではあるまい。」と車メーカーの株価は軒並み下げ幅を広げたが、中でも張本人であるVWの株価は初日だけで22%まで暴落した。翌日、同社は罰金とリコール対策の費用として第三期に60億近い赤字を計上すると発表、株価は2日目もさらに20%も暴落した。注目は、「一体、誰がこの操作の指示を出したのか。」という点に集まった。VW社の発表によると世界中で1100万台の車が、操作されていると言う。(鈴木自動車はVWのエンジンを搭載していないので、このスキャンダルの巻き添えを食らわずに済んだ。)この社長のヴィンターコルン氏は、会社の技術部門の責任者である。氏の承認なくして、そのような大規模の操作が行われたとは考え難い。仮に社長が本当に何も知らされていないなら、1600万ユーロもの年俸をもらっているのに、社長の仕事をまっとうしていなかったのではないのか。などと盛んに議論が交わされた。気が早い某テレビ局は、「社長は辞任を受け入れた。」を報道したが、9月22日、ヴィンターコルン氏は、「私は何も知らなかった。これから問題解明に向けて全力を尽くします(ので辞任しない)。」と声明を出した。

では、肝心の排気ガスの操作はどのように行われたのだろう。車のテストは通常、実験室で行われる。すなわち車は実際に路面を走行するのではなく、駆動するのは後輪、あるいは前輪駆動車なら前輪だけだ。車が4輪ではなく、2輪だけ走行を開始すると車に埋め込まれたプログラムが、「今、テスト走行中。」であると認識、すると制限されている物質が排出されないような燃料モードに自動的に変わる仕組みだ。流石ドイツ人、実によく考えている。法律で規定されている排気ガスの値を満たすエンジンではなく、プログラムを開発する事で、多額の開発費を節約できる。ちなみにこのようなプログラムは車の部品を製造しているボッシュ社のお得意分。同社が他のメーカーに同じようなプログラムを供給している可能性はぬぐいきれない。

今回のスキャンダルは、ドイツの政界の汚職度も如実に示した。車業界の代表にはかっての運輸大臣が就任、あまり厳しい政策を実施しないように、これが実施された場合は、例外措置を設けるように政界にロビー活動を行っている。そしてそのお返しに、政界から官僚が車業界の取締役に就任するという環境が出来上がっている。結果、米国の環境省のように車の排ガスをチェックするべきKraftfahrt-Bundesamtは、その機能を放棄している。基準値よりも高い数字が出ても、「まあ、そんな事を言わないで。」で済んでしまうのだ。さらには排ガスの測定自体にも問題がある。排ガステストとは言うものの、実際に排気ガスを測定するのではなく、車のコンピュータ-が示す値を読むだけ。ソフトをちょっと操作すれば、総重量が2トンもある大型車が、厳しいカリフォルニア州の排気ガス基準を満たすことも、わずかな費用で可能になる。

これまでドイツ製の製品は、「値段は高いが、品質がいい。」というので、世界中の市場で競争力を維持してきた。日本企業が撤退している分野でも、高級、高品質路線で市場を獲得してきた。ところが今回の問題は、「VWだけの問題。」では済まず、"Made in Germany"の信憑性を揺るがす事態になりかねない。ドイツ政府は交通大臣は言うに及ばず、副首相兼産業大臣までのこの問題に関心を示して、「原因を早急に解明する。」と口を揃えているが、実にあやしい。排ガス値がメーカーの出している値と一致していないのは、ドイツの官庁でも把握していた。しかしこれが問題にならないように、政界が圧力をかけていた。原因を本当に解明するなら、政界と産業の癒着が表面化されることになるので、そんな事は政権はこれっぽっちも望んでいない。政界はVW内部に責任を負わせる人物を創造すると、「この人物が操作を行った。会社は何も知らなかった。」という話でまとめるに違い。

9月22日からVWにて取締役会が開かれた。本来はヴィンターコルン氏の任期延長を決議する会議になる筈だったが、氏の在任か否かを決議する会議となった。氏はこの席で問題の解明の陣頭指揮を取りたいと頑張ったが、他の役員、とりわけ会社の株式の20%を保有しているニーダーザクセン州は、別の考えだった。VWは毎年、州に数億ユーロの税金を払っている。今回のスキャンダルによって発生した業績悪化により、今年はVWからの税金収入がほとんどなくなり、州の予算にぽっかり穴が開く。州としては、一刻も早く市場の信頼を取り戻し、車の販売実績を軌道に戻すことが最優先課題だ。しかし本人が知っていた、知っていなかったは別にして、問題をひきおこした時に就任していた社長がそのまま社長に居座っていては、スキャンダルのイメージが終始付きまとう。イメージ回復には、別の顔が必要だ。こうしてヴィンターコルン氏は取締役会からの支援をなくして、辞任に追い込まれた。「辞任しない。」と声明を出してから24時間も経ってない早期の辞任発表を見れば、政界からの圧力がどんなに強かったか、想像するに難くない。

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かってコール首相が記者会見で、"Entscheidend ist, was hinten rauskommt."と語ったことがある。本人は、「大事なのは目標に達するまでの行程ではなく、目的に達することだ。」といいたかったのが、「大事なのは、後ろ(おしり)から出てくるものだ。」とおかしな表現を用いたために、歴史に残った。

編集後記
「一体、誰が排ガスの測定テストの操作を行ったのか。」という誰もが知りたい点だが、スキャンダルが表面化して数ヵ月後、ようやく明きからになってきた。VW社の発表によると社長のヴィンターコルン氏は、「世界一綺麗なデイーゼルエンジンを開発する!」とあまりにも遠い目標を掲げた。技術者はどんなに頑張っても、この目標に到達することはできなかった。しかし社長は神様に近い存在で、まるで日本企業内のように社長の意向に逆らう勇気は誰になかった。そこで技術者はボッシュ社から提供されていた、「テスト用のみ。」というプログラムを販売する車両にも埋め込み、社長が上げた目標に達することができたように見せかけることにした。この操作は、オリンパスや東芝のように、社内で延々と受け継がれて、誰かが本当にテストをするまで表面に出ることはなかった。

日本は言うに及ばず、世界中で「VW叩き。」が人気だが、日本を始め、VWの車両が販売されている国の交通省、環境省は一体、何をしていたのか。VWが提出した資料だけで販売許可を出して、実際に排ガスを計測することを放棄していたのを棚に上げ、「悪いのはVW。」と言うのは調子がいい。尚、今回の排ガス操作スキャンダル発覚後、「柳の下の二匹目の泥鰌を探せ!」と同じような操作をしている車探しが大人気だ。ある研究所が車を実際に走行させて排ガスを測定したところ、VWだけに限らず、BMW、メルセデス、さらにはオペルまで基準の数倍の排ガス値を測定した。今回はたまたまVWが槍玉にあがっているが、多少の差はあれ、どの車も販売許可が降りるように操作、もとい綺麗にみせる努力をしているようだ。


問題の車種のひとつパサート。
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