BUS vs. Bahn (07.10.2015)

数年前の話。「フランクフルトに着いたら、長距離バスで移動しようと思います。」と日本からのお客さん。「日本には長距離バスがあるので、ドイツにもあるに違いない。」と思われてのことだが、「所変われば品変わる」と言う通り、ドイツにはそのような長距離バスはなく、鉄道で移動するしか他に方法がなかった。ドイツでは鉄道の競争相手が誕生、売り上げが減って国鉄であるドイツ鉄道が赤字になることを防ぐ目的で、ドイツ鉄道が走っている路線で長距離バスを運営するのは禁止されていた。こうしてドイツで長距離バスと言えば、ドイツ鉄道の競争にならない外国行きの路線くらいしかなかった。ドイツ鉄道が(半分)民営化されると私バスの運営ルートは自由になったが、政府は未だに法律で空港や中央駅の近くから私バスが客を拾うのを禁止していた。この為、ドイツにおける長距離バスは使い勝手が悪く、私バスは客層を広げることができなかった。

国の政策に守られたドイツ鉄道は上場を目指し、採算の悪い路線を走る便を減らし、それでも改善しないと全く廃止した。その一方で金になる路線に集中投資、投資したお金は運賃の値上げして回収すると収支が改善、ドイツ鉄道は毎年、過去最高の営業利益を出すほどの模範会社に変身した。流石にここまで来ると、「ドイツ鉄道を保護する必要はもうない。」と考えた中央政府は、「長距離バス禁止令」を2012年末で廃案する事にした。ドイツ鉄道は、「移動時間、利便度、快適さ、どの点をとっても鉄道の方が優れている。」と確信、こっけいなほど小さな競争相手を全く真面目にとらなかった。

実際、2012年にドイツ全土で私バスの利用客は300万人に留まっていた。これに対して2012年にドイツ鉄道を利用した客数は4900万人。バスよりも実に16倍強の乗客が利用していたので、ドイツ鉄道が競争相手を真面目に取らなかったのも無理はない。ところがそこは私企業。アイデアが比較にならないほど豊富で、オンラインで座席予約するシステムを直ちに導入した。すなわち座席の直接販売をする事で利益率を上げて、チケット代金を安く抑えることを可能にした。さらには早めに予約する事を条件に、お話にならないくらい安い値段で座席を提供して、本来は鉄道で移動している客の関心を惹くことにした。例えばドイツを斜めに横断するルート、ベルリン-フライブルク間は28ユーロ。ドイツ鉄道を利用すると142ユーロかかるので、実に5/1の値段だ。これまで頻繁に鉄道を利用する客は、高い金を払ってバーンカードを購入、これで鉄道のチケットを安くする事しかできなかったが、バスという新しい選択肢が誕生した。

ビジネスで利用する客は、私バスに興味を見せなかったが、学生を初めとする若者はこの安い料金に飛びついた。移動時間は鉄道で移動する場合よりも倍近くかかるが、値段は半分以下で済む上、WLAN/Wifiが使えるバスもある。若い層は携帯さえあれば何時間でも過ごせるので、長い移動時間にもかかわらず、絶大な支援を受けた。こうして私バスを利用する乗客数は2013年には一気に820万人に上昇した。乗客数が増えると路線は黒字になり、新しい路線を開拓する事が可能になった。私バスは大都市の次に、空港が近くにない中都市への路線開発に集中した。例えばこれまではフランクフルト空港に到着、フライブルクまで行くには電車しか方法がなかったが、私バスが誕生したお陰で乗り換えなく、格安の値段で空港から移動できることになった。2014年には新路線の開発により私バスの利用客数は、1960万に達した。2015年は2000万人を突破して、近い将来、利用客数が3000万人に達するとさえ見られている。

あまりの人気でバスの数が足らなくなり、私バス運営会社は次々にバスを注文して業界は大量注文にホクホク。同時にバスの運転手が足らなくなり、失業中の運転手はすぐに職が見つかり、まるでウイン ウイン ケースであるように思えたが、唯一、ご機嫌が斜めの会社があった。そう、ドイツ鉄道だ。とりわけ金の儲かる長距離路線の客をバスに取られて、会社の利益は減少傾向に転じた。2015年には空前の機関士のストがあり、乗客は大量にバスを利用した事もあり、バスの利用客数は上昇して、ドイツ鉄道の利益はさらに下がる見込みだ。注1)ドイツ鉄道の問題は、何も私バスとストだけではない。上場を目指してこれまで必要な投資を節約したために、列車、路線は故障に悩まされ、開かないドア、使用不能のトイレ、機能停止のクーラー、ゴミだらけの車両、機能しない踏み切り、そして最後には機関車も故障して頻繁に接続が欠落している。アウグスブルクからミュンヘンに出て電車を乗り換える必要があると、往路か復路で必ず一度は電車が欠落するので30分速めに出発する必要がある。他に選択肢があるなら、誰だって他の選択肢を選ぶ環境が整っていた。

まずはこうした不具合を解消すべきなのに、ドイツ鉄道は自ら長距離バス路線に参入する決定をした。ベルリンの私バス会社を買収するとIC バスとして運営している。独占している鉄道事業で顧客を満足させることができないドイツ鉄道が、競争が厳しい民間の長距離バス市場に参入して勝ち目があるのか、非常に疑わしい。ドイツ最大の自動車クラブ、ADACが、「このブームに乗り遅れるな!」と(何故か)郵便局とコラボ、長距離バスの運営を始めた。しかし大赤字を出して、1年も経たないでADACは路線バス事業から撤退した。ADACよりも頭の固いドイツ鉄道がどこまで健闘するか、見物である。

「じゃ、次回ドイツに行ったら、長距離バスを使っちゃおう。」と考えておられるかもしれないので、私バスの欠点も挙げておこう。路線バスの最大の短所は移動時間。計画では2時間のルートが、3時間以上かかるのは日常茶飯事だ。以前、デユッセルドルフからフランクフルト空港までお客さんを迎えに行く際、2時間も渋滞で立ち往生。結局、4時間近くかかったことがある。ドイツの高速道路は日々、渋滞に悩まされており、1~2時間立ち往生というのは珍しくないので、誰かと待ち合わせている場合、あるいは指定された時間までに到着する必要がある場合、長距離バスは当てにならない。バスの場合、「遅れたので賠償金を払ってください。」という理屈は通じない。渋滞はバスの責任ではないからだ。バスで長距離路線を利用される場合は、「ホテルは取っているので、到着時間は何時になってもかまわない。」という場合に限ったほうが賢明かもしれない。日本への帰国の際に、「バスで空港まで安く行こう。」と考えると、飛行機に乗り遅れて、新しいチケットを買う羽目にもなりかねません。更に長距離バスの利点、「無料Wifi」も故障して使えないことが多いが、無料なので使えなくても文句はいえない。こうしたマイナス面も考慮の上、ご自身でリスクを管理できる範囲で利用されるのが一番です。

注1)ドイツ鉄道は2015年の決算で20億ユーロの赤字を計上した。これまで株式上場を目指して、設備投資を削っていたツケが一気に回ってきた。工事現場だらけのドイツ鉄道の内部事情に加え、私バスからの競争で客を失った結果だ。ドイツ鉄道はまずは余剰人員を削除して、次いでこれまで節約してきた設備投資を行い、再び鉄道に客を呼び戻すという。利用客の最大の不満である鉄道の遅れを改善するため、会社の取り締まり役員のお給料を、鉄道の到着時間の正確さに比例させるという。すなわち鉄道の遅れが頻繁に発生すれば、それだけお給料が減るという仕組みだ。そうそう、客を取り戻すため、これまでは一等車でしか利用できなかったWLAN(日本で言うWifi)が、二等車でも使えるようになるそうだ。もっとも二等車では有料。しかもICEだけ。これでお客が戻ってくるのだろうか?


フライブルク中央駅発、ベルリン行き。
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