TTIP (16.10.2015)

この週末、ベルリンで大きなデモがあった。警察の発表でも参加者の数は15万人を超える大規模なものだった。ここまで大きなデモは、かっての東ドイツでの民主主義を求めるデモに匹敵する。「週末は働いてはならない。」と法律で週末に店を開くのを禁止しているドイツ人を、折角の週末にもかかわらず、デモに参加させるほどの心配事とは一体、何だろうか。

ドイツ人を不安に陥れているのは、"TTIP"だ。ドイツに住んでいる方なら間違いなく聞いたことがあるが、日本ではほとんど知られていないので、まずは言葉の説明から。省略しないで書くと、"Transatlantic Trade and Investment Partnership"となる。ドイツ語では、「テイーテイップ。」と読む。早い話がTPPの欧州版で、欧州連合と米国の間で交わされる自由貿易協定のことだ。日本版と違うのは、その規模。欧州と米国間の輸出入は世界の貿易の半数を占めるので、でかい額の金が動く。そんな自由貿易協定には、利点もあれば、欠点もある。これほど多くの人がデモをするからには、「欠点のほうが多い。」と考えているわけだ。ドイツ人は一体、何をそんなに心配しているのだろうか。

これを理解するには、チェルノブイリ、そして福島原発事故が引き起こしたドイツ人の反応を見てみるのが一番だ。チェルノブイリ原発事故により、ドイツでは脱原発が決定された。同じような反応をした国はなかった。そして福島原発で炉心が溶解してテレビカメラの前で原子炉が吹っ飛ぶと、ドイツは国内で稼働中の原発を直ちに停止させて、点検を行うことにした。世界中で同じ映像を見ているのに、同じような反応をした国はなかった。この例が示すようにドイツ人は環境問題を、日本人には理解できないほど大事に考えている。そのドイツ人が目の敵にしているのが、遺伝子操作だ。

ドイツでは遺伝子操作をした食物の販売はおろか、その栽培も禁止されている。ドイツ人にとって遺伝子操作をすることは、神のご意思に背く行為なので、何かの報復があると信じている。日本人が言う、「そんなことをしたら罰が当たる。」という考え方と同じだ。だから遺伝子操作をされたとうもろこしやジャガイモなどの栽培が研究目的で許可されると、夜中にこっそり施設に侵入、畑と植物を木っ端微塵にしていくほど念が入っている。米国で食物の種を販売している"Monsanto"という会社がある。収穫量を上げるため、遺伝子操作をしているのだが、ドイツ人にとってはこの会社は悪魔そのもの。ドイツにも支店があるが、何か機会がある度に支店の前でデモを行っている。

しかし自由貿易協定が調印されると、米国内と欧州内は同じ消費者保護基準が採用されることになる。すなわち遺伝子操作をした食物の販売が可能になる。仮に遺伝子操作をした食物の表示義務を課しても、記載漏れが発生するのは今から目に見えている。そしてドイツの企業が米国で自由に経済活動できるなら、その逆もしかり。こうして"Monsanto"は、欧州という大きな市場を獲得できることになる。ドイツ国内で一旦遺伝子操作を行った食物を植えると、「この花粉は遺伝子操作をしているので、隣の畑に散布しては駄目ですよ。」と昆虫に散布を禁止することはできない。遅かれ、早かれ、遺伝子操作された食物とそうでない食物の区別が不可能になり、すべてがごっちゃ混ぜになる。ごっちゃ混ぜになってしまえば、「この食物は遺伝子操作をした食物から作られています。」という表記義務は意味がなくなり、ドイツの消費者は「悪魔が作った食物」を食す意外に方法がなくなる。これに我慢できないので、デモに参加してこの協定を止めようとしている。

もうひとつの大きな心配は、米国の巨大なエネルギー会社の存在だ。日本ではシェールガス、オイルについて好意的な報道しかされていない。この技術がどんなに革命的なものか、これでエネルギー革命が起きるとか、まるで魔法の杖のような書き方だ。しかし地層に化学薬品を送り込み、地層を破壊してガスやオイルを採集する方法に、副作用、それとも大きな副作用があるのだが、「○○のような例も報告されています。」と、まるで例外的な出来事のようにしか報道しない。日本の政界に太いパイプを持つエネルギー産業が、将来、日本でも同じ技術を用いて採掘するのを妨げないように、国民の不信感をあおらない様に下準備をしている。この政策が功を奏して、TTP交渉では日本人は、農家を除き誰も反対の声をあげなかった。

ドイツでも米国のオイル産業が、「ドイツの将来のエネルギー源」としてテレビなどで盛んに宣伝をしている。しかし環境問題に「うるさい」ドイツ人は、この宣伝を信用していない。地下に送り込まれた化学薬品はいずれは地下水に混入する。我々はこれを飲み水として利用するのだから、ドイツ人でなくても心配になる。だから今でも原子炉政策を推し進めている「あのフランス人」でさえも、国内でのシェールガス採掘を禁止している。ところが米国は、北極圏でエネルギー産業に原油の採掘を許可するほどリベラルだ。自由貿易協定が調印されると、米国の企業はドイツ国内でのシェールガスの採掘を要求してくるが、これを拒絶すると米国の企業はドイツに対して損害賠償の請求を上げてくる可能性がある。かってドイツ政府が原子力発電からの脱却を決めた際、スウエーデンの電力会社は協定で決められていた投資を阻害されたとして米国の調停裁判所に損害賠償を求めて訴えた。お陰でドイツ政府は9百万ユーロも裁判費用に費やしている。TTIPが調印されれば、同様の訴えが起こされる可能性がある。

こうしたドイツ人の根底にある不安に加えて、グローバル化により人件費が安く、巨大なマーケットに近い米国に生産施設を移す企業も出てくる。さらには米国の安い、遺伝子操作をした食料品が入ってくると、ドイツの小さな会社は値段の面で太刀打ちできない。労働組合は解雇を恐れてこの協定に反対、右翼は外国の影響が国内で広まるのを恐れて反対、さらにグローバル化反対派は言うまでもなく大反対、こうして上流階級を除く社会のほとんどの層で、協定に反対する機運が高まっており、このような大規模なデモに発展している。
 
ただし。反対派は、「米国からやってくるものはすべて劣悪。」と考えているが、そうとも限らない。今回ドイツの産業に大きな影響を及ぼしたVW社の排ガス操作、大銀行による金融操作など、ドイツの担当省庁は事実を知っているのに、何もしなかった。融通(賄賂)が効かない米国の省庁があってこそ、これらのスキャンダルが白日の下にさらされることになった。さらに自動車の排ガス規制などは、欧州よりも米国のほうが厳しい。自由貿易協定が採択されれば、ドイツの消費者が得をする点も少なくないが、ドイツ人にはマイナス面ばかりが気になっているようだ。利点ばかりが強調される日本といい対象をなしている。

15万人が参加の反対デモ。
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