"Sommermärchen." (26.10.2015)

話は15年前、2000年に遡る。2006年のワールドカップの開催地として立候補したドイツは、2002年の開催地の投票決戦に備えてワールドカップサッカー招致委員会を招集した。委員会のトップにはドイツサッカー連盟のNiersbach氏とドイツサッカー界のスーパースターで"Kaiser"(皇帝)の異名で呼ばれるBeckenbauer氏が就任した。前者は組織上の責任者で、活動に必要な資金を集めるのが主要な役割だ。後者はPR(宣伝)の責任者に就任して、投票権を持つFIFAの役人を訪問してドイツに投票するように説得するのが任務だ。しかし招致は、予想していたよりも困難を極めた。

というのもFIFAの会長であるブラッター氏は、投票が行われる前から「次の開始地は南アフリカ」と決めてしまい、各方面に手回しをしていた。早い話が24人の委員の半数はすでに南アフリカ派になっていた。ブラッター氏にしてみれば、「ドイツが頑張って残る12人を説得できたとしても、12人では過半数に満たない。二つの候補地が同票の場合、会長が決定的な投票をして過半数を作り出すので、もう決まったも同然。」とたかをくくってていた。招致委員会のベッケンバウアー氏は、氏の選手、監督時代の影響力で8名の支持を取り付けたが、とても12+1名の支持には達していなかった。

2002年、次のワールドカップサッカーの開催地の投票が行われた。投票結果は、南アフリカが11票、ドイツが12票を獲得、1票が棄権、結果として誰もが予想していなかったドイツが次回のワールドカップサッカーの開催地となった。ドイツサッカー連盟の喜びは、日本のオリンピック招致並みに大きく、ベッケンバウアー氏に思いつく限りの賛辞を送った。その後の出来事は、歴史になっている。当事、底辺で停滞していたドイツのナショナルチームは新監督の下、地元の強さを発揮、誰も予想していなかった準決勝まで進出して最後は3位になった。このときまでは、国旗を振ると「あいつは右翼」と斜めに見られていた。しかしこの2006年の夏には、国旗を振ってドイツのチームへの支持を表明するのが当たり前になり、この傾向はあれから15年も経った今でも変わっていない。「ドイツを変えた。」とも言われる2006年のワールドカップはドイツ人の脳裏に、「すばらしい経験」として残り、"Sommermärchen"(夏物語)として語られることになった。

しかし当事から、「あの投票はおかしい。」という憶測が絶えなかった。とりわけ南アフリカ開催への支持を表明していたニュージーランドの役員が、決選投票にならないように棄権表を投じたことに関心が集まった。さらに投票では、アジアのFIFA役員の4名はそろってドイツに投票した。この4票+1がどのように成立したのだろうか。ドイツのサッカー連盟は、「ベッケンバウアー氏の精力的なPR活動のお陰で。」と唄っているが、汚職にまみれたFIFAの役人が、「ドイツに投票してください。」「はい。わかりました。」と言葉で説得できるものではない。言葉よりももっと強力な説得の手段が使われたのではないのか?しかし証拠がなかった。2015年までは。

2015年10月、ドイツの週刊誌Spiegel誌は、「2006年のワールドカップは賄賂によってドイツに招致された。」と報道した。記事によると、当事の招致委員会には資金が欠けていた。その活動資金は、ドイツの有名なスポーツ用品メーカーのアデイダス社に募金をしてもらい捻出することにした。ドイツでワールドカップのサッカーが開催されれば、ドイツのナショナルチームのスポンサーであるアデイダスは、ドイツ国内だけでもユニフォームを始めありとあらゆるサッカー商品の特需を期待できる。南アフリカ開催でも商品は売れるが、ドイツで開催されれば、その売り上げには雲泥の差がある。そこでアデイダスはこの話にのった。それだけならまだ合法だが、ドイツにワールドカップを招致するのに欠かせないFIFA役員の賄賂費用として、アデイダスの社長の個人的な資産からドイツサッカー連盟の秘密口座に1300万マルク支払われたという。この金でアジアのFIFA役員4名の票が変われ、選挙当日はスイスはチューリヒのホテルに滞在しているニュージーランドの役員の部屋に、25万ドルの現金が詰まったスーツケースが運び込まれたという。

こうしてワールドカップはドイツに招致されることに決まったが、その後、アデイダスの社長から、「あの金は貸したものだから、返して欲しい。」と言われ、ドイツサッカー連盟は大いに困った。ユーロにして670万もの送金は、必ず足跡が残る。証拠を残さないようにするには、公明最大な名義を利用して送金するしかない。そこでドイツのサッカー連盟は、FIFAにこの金を送金、FIFAがこの金をスイス国内のアデイダスの社長の口座に送金したという。

当事、招致委員会のトップで、今やドイツサッカー連盟の会長に就任しているニースバッハ氏は、「収賄などは一切なく、クリーンな招致活動だった。」と週刊誌の報道を頭から否定した。ドイツサッカー連盟からFIFAに支払われた670万ユーロについて聞かれると、「ドイツでワールドカップを開催するのに必要だったFIFAへの先払いである。」説明した。数時間後、今度はFIFAが記者会見を開き、「ワールドカップ開催に際して、先払いというものは存在していない。」とニースバッハ氏の言い訳を否定しが、受け取ったのは何の金だったのか、その説明は賢いことに避けた。

シュピーゲル誌の報道を受けて、FIFAの会長、副会長、会長代理をまとめて謹慎処分にしたFIFA倫理委員会が、ニースバッハ氏、それにベッケンバウアー氏に対して調査を始めた。会長、副会長、そして会長代理の謹慎処分で、「次期のFIFA会長にはドイツサッカー連盟のニースバッハ氏が有力。」と報じられていたのに、今度はその最有力会長候補までも調査が広げられ、これまでの辻褄の合わない説明を見る限り、同様の処分は避けられそうにない。しかし見栄を横に置において、正直に考えてみよう。あのFIFAで賄賂なしに物が動くと考えている人が本当にいるのだろうか。2002年の日本、韓国へのワールドカップサッカー誘致で、賄賂が払われなかったと思ってなら、それこそ"Märchen"(童話)だ。そう考えれば、私利私欲のためではなく、ドイツの為に両氏の行動は必要悪ではなかったのか。勿論、ニースバッハ氏が、「収賄は一切なかった。」と今でも堂々を嘘をついているのは好ましくないが、では、どうすればいいのか。正直に告白して、収賄罪で起訴される危険を冒すべきなのだろうか。

編集後記
その後、ニースバッハ氏と仲の悪いドイツサッカー連盟の(前)会長が、「ニースバッハ氏は黒い口座(収賄に使用する口座のことを指す)が存在していたことを当時から知っているのに、知らないと嘘を言っている。」と非難して、このスキャンダルはさらに白熱してきた。その後、ドイツサッカー連盟の内部調査で、ニースバッハ氏手書きのメモが見つかった。そこには上述のアデイダスの社長からの(収賄用の)資金の支払いについて記述されており、このメモは2004年に書かれたものだった。結果、ニースバッハの主張していた、「賄賂については何も知らなかった。」という主張と辻褄が合わなくなった。嘘がばれたニースバッハ氏は、ドイツサッカー連盟会長からの辞任に追い込まれた。それでもまだ我慢のならないドイツサッカー連盟の(前)会長は、中東きってのイスラム国の支援国であるカターにおけるワールドカップサッカー開催決議を非難して、「カターはサッカーの癌層。」と呼んだ。これに怒ったカターのサッカー連盟は同氏に対して謝罪と賠償金を求めて訴えを裁判所に提出した。2月2日、デユッセルドルフの地方裁判所は、「この程度の内容はまだ自由な意見の発言の権利のうち。」とカターの要求を蹴った。こうして前会長は堂々とカターを、「サッカーの癌層」と呼べることになった。
 

ううう、やばい。
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