ヒトラーの馬 (02.12.2015)

戦争終結から70年。多くの人にとって第二次大戦は実体験ではなく、学校で学ぶ歴史、テレビ、映画でみる娯楽となってしまった今、当時の軍需品は収集家の間で大人気だ。とりわけ人気が高いのがドイツ軍の軍需品。ヘルメット、制服、野戦砲、輸送車、装甲車、戦車など、戦争中に製造されたもは驚くような高値で売買されている。例えばベルクホーフのヒトラーの別荘を押収した米軍の兵士は、上官の許可を得て執務室にあった地球儀を戦利品として持ち帰った。その後、60年以上物置にしまい込まれていたが、91歳になって元兵士はこの「ヒトラーの地球儀」をオークションで売却することにした。売却額はなんと10万ドル。思わぬ大きな収入に喜びを隠して切れない元兵士は、「このお金で何をしたいですか。」と聞かれ、「まだ払っていない請求書を清算したい。」と答えたそうだ。当時は単なる戦争の記念品として持ち帰ったものが、彼の人生を文字通り救った。

ちなみにベルリンの首相官邸はヒトラーの執務室にあった有名な、「ヒトラーの地球儀」はベルリンの歴史博物館で見ることができる。ソビエト軍がベルリンを陥落させた際、首相官邸にまだあったもので価値があるものは、ソビエト軍が残らず押収した。しかし戦利品の数はそれほど多くはなかった。というのも空襲が激しくなった1943年、貴重品はベルリンの郊外に移動して保管されていたからだ。しかし保管所はソビエト軍の管轄区にあったので、ナチスの芸術品は戦争による破壊を逃れることはできたが、結局はソビエト軍に接収されてしまった。貴金属、価値のある芸術品は本国に送られ、今でもエルミタージュ博物館で陳列されているが、価値のなさそうなとりわけ大きな「芸術作品」、アーリア人の理想像、それに首相官邸前に飾られていた馬の銅像などは、東ドイツに駐屯したソビエト軍の駐屯地に戦利品として飾られていた。

1989年にベルリンの壁が崩壊して西ドイツと東ドイツの合併がテーマになると、東ドイツに駐留していたソビエト軍は、遅かれ早かれ、東ドイツから撤退することになると正しく推測した。というのも貧乏生活を送っていた兵士にとって、軍の撤退は一攫千金のチャンスだ。装備品のひとつやふたつが撤退の際に「紛失」しても、一体、誰がこれを気にするだろう。こうしてソビエト軍の装備品の多くは、目ざとい収集家に売却された。駐屯地で戦利品として陳列されていた銅像に関しては、「ナチスドイツの遺物は現地で処理すべし。」とモスクワから指示が来たので、戦災を生き延びたナチスの芸術品は切断されて、「くず鉄」として処分される運命になった。実際、多くの銅像はこの運命を辿ったが、ある目ざとい収集家はコニャックを抱えてソビエト軍駐屯地を訪れると、司令官に面会を求めた。滅多に口にする事がない高級酒を浴びるほど飲ませると、司令官は数枚の1000マルク札と引き換えに、銅像を売却することに同意した(送料込み)。翌日、ソビエト軍はトラックの荷台に切断されたがまだ廃棄処分されていない銅像、それにまだ切断されていない"die Hitler-Pferde"(ヒトラーの馬)を乗せると、ドイツの何処かに消え去った。

ドイツ合併後、「ソビエト軍の駐屯地に飾られていた銅像はどうなった?」と興味をもったレポーターが、その行方を捜し始めた。当初はDDR(東ドイツ)政府が外貨取得目当てで、西側の収集家に販売したと疑い、当時の外貨取り扱い支局長を探し出してインタービューをしたが、「何もしらない。」という返事だった。いかにも嘘っぽく聞こえるが、「駐屯地指令官が処分を決定したので管轄外。」と証言、そして当時、ソビエト軍に接触した収集家の名前を明かした。この収集家はソビエト軍からナチスの芸術品を買ったことを認めたが、とっくに転売した後だった。しかしここから転売先の氏名、住所がわかった。2015年5月、警察の芸術捜索チームがキールの実業家が所有する倉庫を家宅捜査すると、そこには有名な「ヒトラーの馬」の他に数々のナチスの芸術品が秘匿保管されていた。問題はこの芸術作品の所有権だ。ヒトラーは遺書で彼の財産はドイツ国家に寄贈すると明記したので、ナチス時代の所有者不明の「物」は、ドイツ国家に所有権があることになる。しかしこの実業家は、この作品を前出の収集家がソビエト軍の司令官から購入した購買契約書を所有しており、この作品の所有権は彼にあると主張している。一体誰が本当の所有権を有するのか、今後、長く続く裁判になりそうだ。

この捜査過程で警察は、キールのある個人収集家が「ヒトラーの馬」を1998~2000年まで保有していたとの情報を得た。自宅を訪問してみるとこの収集家の庭に、戦後から行方不明になっていたナチスドイツの有名な彫刻家、Arno Brekerの作品„Die Wehrmacht“(ドイツ国防軍)が堂々と飾られていた。「大当たり!」と警察は礼状を取ると、この収集家の自宅を家宅捜査した。この収集家の地下室を見た警察はかなり驚いたに違いない。そこはドイツ海軍の魚雷、ドイツ空軍の秘密兵器V-1、有名な対空火砲8,8cm-Flak、それになんと「大戦中の最優秀戦車」として名高い"Panther"(ドイツ語でパンター、日本ではパンサー)戦車、その他各種大型小型火器が並んでいた。警察はドイツ軍に出動を要請したが、40tもあるパンターはドイツ軍の回収用戦車が2台も必要で、すべての兵器を押収するのに2日もかかった。写真でしか見ることができない貴重な戦車が地下室からひっぱりだされると、待ち構えていた付近の住民は記念写真撮影に余念がなかった。

ちなみにこの戦車は70年代にイギリスで「鉄くず」として正式に購入したもので、隣人は当時、戦車が運び込まれるのを目撃しており、公然の秘密だったらしい。この個人収集家をよく知る隣人の話では、70年代まではこの戦車はまだちゃんと機能しており、大雪が積もって普通の車では通常不能になった際、地下室から戦車が出てきて、「除雪作業」していたという。又、庭の大木を切り倒した際は、「戦車で根っこを引き出してもらった。」と記者に語った。世界博といえど、自宅の地下室に戦車を置いているのは、ドイツ人くらいだろう。ドイツ軍の戦車はとりわけ収集家には人気が高く、これほど程度のいいパンターは数が少なく、競売に出せば数百万ユーロで売れるという。果たしてパンター戦車は返却してもらえるのだろうか?



これぞ最後の記念写真のチャンス!
544.jpg


          
スポンサーサイト

Comment 0

Leave a comment