日独 潜水艦競争 (03.01.2016)

日本では、「大企業」と誉れ高い軍需産業。ドイツでは一部の軍事ファンを除くと、これっきし人気がない。大量殺人兵器を売って金儲けをしているので、人気がないのは無理もない。数多いドイツの軍需産業の中でも、とりわけ有名なドイツの軍需産業と言えば、鉄鋼王クルップが作り上げた一大帝国、クルップ社だ。19世紀、世界で最初の鉄鋼製の野戦砲を開発、この野戦砲を装備したドイツ陸軍は、青銅で作られた野戦砲を使用していたデンマーク軍を粉砕した。その後、クルップ社は後部装填砲を開発、この大砲でフランス軍を席巻して、ドイツ第二帝国の成立を可能にした。第一次大戦の敗北後、戦勝国は戦争賠償金としてクルップ製の大砲を要求したので、会社は解体されるどころか、早々によみがえった。ところが第二次大戦の敗北は効いた。長年クルップ社の取締役を務めてきたバイツ氏は、Thyssen社と合併後も、血塗られた同社の過去に終止符を打つべく、クルップ社の軍需部門からの撤退を望んでいた。

軍需部門からの撤退と言っても、そうは簡単にはいかない。非核エネルギー推進の潜水艦の建造、輸出では、ThyssenKrupp社は世界で最大の規模を誇る。当然、数万人の雇用がこの会社の運命にかかっており、多額の借金を抱える同社として、「もう作りません。」という形で軍需部門から撤退することはできない。理想的なのは同社の潜水艦部門を売却することだが、それには潜水艦の受注、それも大量受注が欠かせない。潜水艦の受注が取れれば、会社が高く売れるからだ。2013年、同社はシンガポール海軍から2隻の潜水艦の受注を受けたが、注文額は10億ユーロを超える巨額の注文だった。ところが同社はスウエーデンで大きなミスをした。

ロシアの脅威にさらされている北欧の大国は、軍需予算も大きく、ドイツの軍需産業にとって大事な顧客のひとつだ。将来の受注を確保すべく2005年、ThyssenKrupp社はスウエーデンの潜水艦造船所を買収した。しかしその後、潜水艦の建造はすべてドイツ国内で行われ、スウエーデンからは一隻として潜水艦が輸出されることはなくなった。こうしてスウエーデンは大事な輸出製品に加えて、潜水艦建造技術まで失った。怒ったスウエーデン政府は、「今後、ThyssenKrupp社には潜水艦の受注はしない。」と声明を出し、政府は同国の誇る軍需企業、Saabに国産の潜水艦の製造を命じた。しかし同社にはまだ有人潜水艦の造船技術がない。そこでThyssenKrupp社から技術者をスカウトし始めた。お陰で同社は将来、スウエーデンという上客を失うばかりか、競争相手まで作ってしまいそうだ。

そこでスウエーデンに代わる輸出先を探している矢先、オーストラリア政府が12隻もの潜水艦を日本に注文するという話を聞きつけた。オーストラリア政府は、「独自の軍需産業を作って、自国の軍隊を自国の装備で武装する。」という夢を描き、国営の軍需企業、"Australian Submarine Corporation"、通称、ASCを作った。ところがノウハウがないのに、会社を作ればいいというものではない。2014年にオーストリア海軍に納入する予定だった対空ミサイルは、目を覆いたくなるような失態続きで、未だに完成してない。もっとひどいのは同社がSaabと共同開発、海軍に納入した潜水艦だ。1隻の潜水艦を建造するのに4~5年も必要で、挙句の果てに出来上がった潜水艦はまともに機能せずいつも修理中、航海可能の潜水艦はわずか2隻。2009年になると、航海可能な潜水艦は一隻もない状態に悪化した。修理の後、状態は一時的に改善したが、潜水艦は毎年、500kg~1tも重量を増しているが、誰にもその理由がわからなかった。一度潜行すると、もう浮かびあがらない危険があり、訓練もそこそこ。あまりの悲惨な有様に、「ASCはカヌーさえもまともに作れない。」と同国の国防大臣は正直に告白したが、これは正直すぎた。オーストラリア国民の誇りを傷つけたこの大臣は、辞任に追い込まれた。

このオーストラリアが自国で生産した潜水艦は、2025年に現役から引退する事が決まった。それまで稼動していればの話だが。そこでアボット首相が仲のいい阿部首相に、潜水艦購入の話を持ちかけた。日本では毎年、1隻程度の潜水艦しか建造(必要と)されず、とても高い値段になっていた。トヨタの車だって、たったの1台しか売れないなら、とんでもない値段になる。さらには潜水艦を建造している川崎造船と三菱重工業は、もてる建造能力を発揮できず赤字商売だった。ここで阿部首相が武器輸出を可能にした。両造船所にとっては、「まってました!」と期待が大きく膨らんだ。アジアで中国が軍事力を強めている現状では、オーストラリアが軍備を増強、しかも日本製の潜水艦を購入することは、日本の戦争遂行能力を潜在的に高めることにもなるので、米国の高官も歓迎した。

この話を聞きつけたThyssenKrupp社は政界への太いパイプを使用した。メルケル首相はオーストリアへに飛んだ際、アボット首相と会談してドイツ製の潜水艦を売り込んだ。その後、指名入札をする方法がオーストラリアの国益になると判断され、オーストラリア政府は正式に、日本、ドイツ、そしてフランスの企業に入札に参加するように要請した。(Saab社も入札したかったが、先の失態でお声がかからなかった。)入札で一番大きなチャンスをもっていたのは、日本勢だ。あまり知られていないが潜水艦の建造では日本企業は、ドイツに勝るとも劣らない技術力を有している。日本には、オーストラリア政府が希望している「原子力潜水艦と比較できる能力の大型潜水艦」にピッタリ合う潜水艦、そうりゅう型潜水艦がある。この型の潜水艦はすでに海軍に装備されており、三菱重工と川崎造船は注文が来るのを首を長くして待っている。ドイツの潜水艦は中型で、最新のU-Boot212型は56m、排水量にいたっては1450tと日本の潜水艦の半分しかなく、オーストリア政府が希望している納入性能を満たさない。そこでThyssenKrupp社はまだ設計図の段階にある216型、排水量4000tで公開入札に応募したが、すでに存在、就役している潜水艦を持っている日本に比べて不利だ。

これまでThyssenKrupp社が潜水艦を売り込んだ国、とりわけパキスタンやギリシャなどでは、ふんだんに賄賂が政治家に支払われた。ところがオーストラリア政府は、汚職が少ないことで有名だ。今回、潜水艦の納入でも結局は公開入札になったのも、政治家への利益ではなく、国への利益を優先した由縁だ。すなわちオーストラリア政府は潜水艦の納入に加えて、自国の軍需産業への技術提供、そしてオーストラリアにおける職場の創設を望んでいる。そこでThyssenKrupp社は役に立たないASC造船所を買取ると、大規模な投資を行いここでドイツの潜水艦を建造、さらには潜水艦の整備ができるようにする技術提供までオファーに含めた。これにより自国の軍需産業が近代化され、職場が確保され、さらには近隣諸国に納入されているThyssenKrupp社の潜水艦の整備で、お金を稼ぐことができるというわけだ。もっともオーストラリアの造船所を買い取って、ドイツの潜水艦が建造、整備できるようにすると、とんでもない大きな投資が必要になる。今回の12隻の潜水艦の受注額は340億ユーロと見積もられているが、必要な投資額を考えると利益は大きく目減りする。しかし賢いドイツ人は、オーストラリア政府が次に計画している6隻の駆逐艦の発注、注文総額100億ユーロに目を向けている。

今回の潜水艦の納入を受注、高い金を払ってASCをモダンな造船所にすれば、オーストラリア政府は6隻の駆逐艦を自国の軍需産業であるASCに受注するだろう。自国で生産できるのに、わざわざ100億ユーロもの大型受注を外国企業に出すとは考え難い。この二段構えの戦略で、ThyssenKrupp社の受注のチャンスは大きく膨らんだ。仮に同社が注文を受注できれば、同社の軍需部門は大きな注文(顧客)を抱え、いい値で売却できる。一方、競争相手の三菱、川崎は、法律が改正されて武器の輸出は可能になったが、外国への防衛技術の提供にはまだ法律上の問題があるので、現地生産というわけにはいかない。この点で日本のオファーは、ドイツのオファーよりも少し魅力に欠けたが、その分、潜水艦の建造実績と米国からの密かな後押しがあった。ところがここで日本に好意的だったアボット首相が退陣に追い込まれ、よりによってTurnbull首相が誕生した。氏は「親独」で知られている。

「これはヤバイ。」と防衛大臣は潜水艦の現地生産を許可したが、肝心(機密)な部分の製造は日本で行い、組み立てをオーストラリアで行うプランだ。この案でドイツに勝てるだろうか。世界中に武器、兵器を輸出、すでに現地生産もしているThyssenKrupp社に比して、日本には武器、兵器輸出の経験が少なく、さらには兵器の共同生産の経験は全くない。又、日本の潜水艦は日本人乗務員を想定して建造されているので、「狭い」とオーストラリアの潜水艦乗務員には人気がない。おまけにアメリカ一辺倒の政治のお陰で、オーストラリア政界へのコネがない。頼みにできるのは米国の後押しくらいだ。

日本語で検索すると、「オーストラリア政府は日本に潜水艦を発注。」、あるいは「フランスはオーストラリア政府から潜水艦を受注。」などと、根拠のない主張で一杯だ。日本が受注できれば、長い間不景気で苦しんでいる造船業界への大きな景気対策となり、アベノミクスが自慢できる初めての経済効果となるかもしれない。


将来はオーストラリア海軍に配備?
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編集後記
4月26日、オーストラリア政府は潜水艦をフランスの国営の軍需産業、DCNSに受注すると発表した。有力候補だった日本とドイツが仲良く受注を逃したのは、少なからず驚きだった。日本のオファーは、「これまで外国に潜水艦を納めた実績がない。」という点が大きなネックになり、「納入する予定の潜水艦はまだ製図の段階。」という理由で、ドイツ案も得点できなかった。これまで役に立たない潜水艦に悩まされていたオーストラリア政府は、唯一、納入できる潜水艦の建造、そして納入実績のあるフランス案を優先した。
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