AfD (19.03.2016)

2008年に世界経済が急激に冷え込むと、日本のように国の支払いを借金で行っていたギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアなどでは国債が信用をなくし、利率はうなぎのぼり、金融市場でお金を調達するのが難しくなった。ユーロ危機の発生だ。借金で首が回らなくなったユーロ加盟国救済のため、欧州中央銀行が信用を落とした国債を買う決定をすると、「ケチ」で知られるドイツ人は、「俺の大切な金を、借金を抱え込んだ国の救済に使われるのはまっぴらだ。」と大反対だった。日本人も、同じ状況にあったなら、同じように反応していてだろう。このユーロ危機で人気を上昇させたのが、"Alternativ für Deutschland"、略称、AfDという政党だ。日本では、「ドイツのための選択肢」というおかしな翻訳がされているが、意味を正しく翻訳すれば「ドイツのもうひとつの道/可能性」という意味になる。ユーロ危機が最高潮だった頃は、この政党は人気を博したが、ユーロ危機が下火になるに従い、この政党の人気も下火になってきた。

外敵がいないと、この党は自分自身と争いだした。ユーロからの脱却を主張する経済路線と、国粋主義的な右翼路線の間で、党の覇権を巡って争いが激化した。元来、この党には、党首が二人居て、それぞれ経済派と右翼派から選出されていた。ところが党大会で党首を一人にする決議案が出されると、右翼派が一致団結して右翼派の党首を推した。この策略に気づいた経済路線の党首は、すでに時遅し。苦労して作り上げた党が、右翼派の党首に乗っ取られてしまった

右翼というと、学校での成績が悪く、劣等感から社会に抵抗したいが、一人では勇気がないので何もできない。そこで団体に属して、適応できなかった社会に抵抗するケースが想像されるが、Afdの党首に納まったペトリ女子彼女は英国の大学で学び、起業、ドイツ政府から「功労賞」をもらったほどの才女だ。平均以上の才能、学歴を持つ彼女が、学校での悪い成績、劣等感に悩まされて右翼になったのではないことは明らかだ。その原因はその生まれにありそうだ。1975年にドレスデンで生まれたので、敏感な少女時代、ガチガチの左翼思想の下で教育を受けた。壁が崩壊すると東ドイツ市民は、西側市民から軽視された。壁の崩壊後、西ドイツに移った彼女は、東の育ちのため一種の劣等感を感じていた。自分の尊厳を取り戻すため、彼女の考えではさらに劣等民族である外国人を差別をすることで、自身の劣等感を相殺しようとしたのかもしれない。

AfDの党首に納まると、まるで彼女の登場を待っていていたかのように「神風」が吹いた。そう、とめどなく押し寄せてくる難民だ。ドイツでは政府与党は言うに及ばず野党まで、難民受け入れを擁護した。ところがバイエルン州のCSUとAfDだけは、難民受け入れに反対した。正確に言えば前者は、受け入れる難民の数を年間20万人に制限する方策を主張しているのに対して、後者は難民の受け入れを頭から拒否、新党首はドイツ国境は火器を使用して守るべきだと主張した。AfDはメデイアで右翼政党と報道され、猫をかぶるのに苦心していた。この新党首の思慮を欠いた発言に、党首某部は大いに困惑した。数日後、党内の圧力で党首は発言を撤回したが、AfDの路線は誰にも明らかだった。しかしそれでもAfDの支持率は落ちなかった。この発言で支持を撤回する国民よりも、一向に歯止めが利かない難民の流入を心配する国民の数の方が多かった。

3月の地方選挙が迫ると、政府与党CDUの候補者は、「このままでは選挙に負ける。」と心配になってきた。Rheinland-Pfalz州の州知事候補者は、よりによってバイエルン州のCSUと共同戦線を張り、難民受け入れを制限するようにメルケル首相に提言するほど、これまで楽勝に思われていた州知事の椅子が遠のき始めていた。首相は地方選挙での敗北を回避するために、急遽、EU首脳会議を招集、ここで「難民は加盟国の中で公平に分配する。」という理解を取ろうと努力をした。しかし彼女の最大の支えであったフランス、さらにはオーストリアまで、「難民問題はドイツの問題なので、ドイツが難民を受け入れるべき。」とメルケル首相を置き去りにした。EU諸国は去年のメルケル首相の発言、「難民を歓迎する。」が今回の難民問題の悪化を招いたと確信しており、ドイツの首相の失敗ために難民を受け入れて、国内で反発を受けて政権を失う危険を冒す気は、これぽっちもない。

結局、EUはトルコに30億ユーロ(4千億円!!)を払い(大部分はドイツが支払う)、ギリシャに不法入国した難民をトルコに送還することが合意された。トルコに「送還された」難民は、トルコ国内で書類の審査を受け、晴れて審査に欧州内に合法に入国できるというわけだ。もっともトルコはこの取引の条件として30億ユーロではなく、90億ユーロを要求しており、さらにトルコ国民のEU内へのビザなし入国を要求している。EUは条件が満たされれば、トルコ市民のビザなしでのEU(正確にはシェンゲンビザ加盟国)への入国を7月から認めるといっているが、72もの条件をあげているので現実化する可能性は低い。早い話、トルコとの協定がメルケル首相以下、政府与党に来たる地方選挙で好ましい影響を出す可能性はほとんどない。

これが選挙前の状況で、難民の数が減るという保障は何処にもなかった。当然、難民受け入れを拒否するAfDが大きく躍進することは予想されていたが、西側で10%程度、外国人嫌いの東ドイツではその倍の得票になるかもしれないと予想されていた。蓋を開けて見ると、AfDはそれぞれ12%、15%、東では24%を獲得、予想を大きく上回る快勝となった。とりわけ東では第一党のCDUの30%に迫る勢いで、これまでの大衆政党(SPD)を一気に追い越した。当然、諸外国では、「ドイツは右に寄った。」と報道されたが、これは必ずしも正しくない。

その証拠がメルケル首相の難民受け入れ政策を擁護していた、Baden-Wuertemberg州とRheinland-Pfalz州の州知事だ。双方、難民受け入れを公言していたのに、得票率を伸ばすことに成功した。難民の受け入れを決定(許可)するのは"Bund"(国)なので、Land"(州)には決定権がない。州選挙では、国の政策ではなく、州知事の仕事振りが評価される。大きなミスをしないでちゃんと仕事をしていれば、難民受け入れ姿勢にも関わらず、得票数を伸ばして州知事の椅子を守り通すことができた。日本のメデイアが報道するようにドイツが「右に寄った」なら、両者、選挙で惨敗した筈だ。AfDが得票率を伸ばすことに成功したのは、これまで選挙に行かなかった層を動因することに成功したことにある。「投票しても何も変わらない。」と政治に不満をいただきながらも投票にいかなかった層が、「AfDに投票することで、不満を明らかにする事ができる。」と投票に行った。さらにAfDを除けば、との政党も難民受け入れを選挙スローガンにしていたので、不安な市民はAfDに投票するしか選択肢がなかった。これがAfDが躍進した理由で、急にドイツが右向きをしたわけではない。

メルケル首相の「難民コース」が選挙民から反発をくらい敗北したにもかかわず、首相は難民受け入れ姿勢を「調整」しないと明言、パートナーCSUの怒りを買った。一方、連立与党のパートナーであるSPDは、もっとひどい惨敗を喫した。東ではAfDに追い越され、わずか10%の得票率まで落下した。共産党でも緑の党ならわかるが、政権を担当する政党の得票率としては、歴史に残る最悪の得票率となった。得票率の侵食は東だけではない。かってSPDの得票率50%+を誇り、「SPDの要塞都市」として知られたドイツ有数の工業都市マンハイムでは、SPDは最後の1議席までAfDに失い、議席数ゼロ、SPDの要塞都市は消滅した。にもかかわらず党首は現実を拒否、「SPDのコースが選挙民に受け入れられた。」と、都合のいい選挙結果の解釈をした。選挙前から党首の椅子が揺れていたガブリエル党首だけに、この歴史的な敗戦で、「この党首でいいのか。」という議論を発生さえないことを狙っての発言だった。

ドイツはこれからどちらに向かうのだろう。ドイツにやってくる難民の数が減らない限り、AfDは得票率を伸ばし続け、1年半後の下院選挙ではかってのNSDAPのように大きく躍進する可能性もある。幸いなことにドイツの抵抗にかかわず、「バルカンルート」と呼ばれる難民街道はマケドニア、ハンガリー、クロアチア、スロベニア、オーストリアなどのお陰で、封鎖された。難民の数は、新たな戦禍が発生しない限り、減少していくだろう。しかしすでにドイツが受け入れた120万人近い難民をどうやって、「同化」させていくのか。ドイツには、日本に負けるとも劣らない筆舌に尽きる官僚システムがある。使い道のない全国民の座高を70年間も測り続けるのが日本なら、シリアで負傷者を助けていた為、政府軍の暗殺リストに乗り、ドイツに逃げてきた医師に、「シリアに返って、シリア政府発行の医師の免許証をもらってこい。」と平気で言うのがドイツの官僚だ。セメントのように頭の硬い官僚に、120万ものドイツ語さえ解さない難民の同化ができるとは到底思えない。これがもたらす社会不安を考えると、今から頭が痛い。過去の反省からその正反対をすると、これが逆効果になるいい見本だ。無制限に難民を受け入れるのではなく、スウエーデンのように受け入れの上限を決めて、受け入れた難民の面倒をちゃんとみるべきだった。


反対票を獲得して躍進したAfD。
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またしても地方選挙で敗北を喫した首相。
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