Bye Bye England (02.07.2016)

どこの国にも右翼の政党はあるものだ。ドイツでは"Afd"、フランスでは"Front National"、オランダでは"Partij voor de Vrijheid"(自由党)、そしてイギリスにはUK Independence Party"(イギリス独立党)だ。欧州議会で"Freizügigkeitsgesetz"が可決されて2005年から施行されると、EU内に住む市民は自由に(freizügig)EU加盟国にて移動する(そして職に就く)ことが可能になった。ドイツは隣国ポーランドからの民族大移動を恐れ、この条項が発効するのは2013年からとした。イギリスは農家などで働く安い労働力が欲しかったので、" You are welcome."とポーランドを初めとする東欧からの労働者を両手を広げて受け入れた。これに加えてイギリスはかっての植民地の国民に、「いつでもイギリスに来ることができる。」と移住の権利を認めているので、イギリスには東欧やかっての植民地からの移民が大量に押し寄せた。これが原住民にいい印象を与えるわけもなく、とりわけポーランドやパキスタン住民の犯罪率の高さも手伝って、イギリスでは反移民感情が鮮明になってきた。これをうまく利用するのが右翼政党で、イギリスには植民地からの移民を認めている法律があるのに、「悪いのはEUが決めた法律。」と、すべてEUの責任にした。

これに加えてイギリスには、低俗なタブレット紙(日本の低俗なスポーツ新聞に相当。)が存在していた。このタブレット紙は販売部数を伸ばすためなら、違法行為も平気で行う。嘘を平気で活字にするこタブレット紙の「EU叩き」が功を奏して、イギリスは他のEU国よりもますます右によっていった。イギリス人の伝統的な大陸への不信感、島国ならではの保守的な考え方、かっての大英帝国の誇りもこれに寄与していたに違いない。「このままでは右翼に追い越されてしまう。」と心配になったキャメロン首相は、「イギリスがEUに留まるかどうか国民投票を行う。」と、国民が要求してもいないのに、そのような投票を提唱した。これで右翼の支持を取り、自身の立場を堅強にするのが目的だった。これが2013年の話だ。ところが2014年に行われたEU議会選挙では、右翼のイギリス独立党が大勝してしまった。2015年5月に行われたイギリスで下院選挙では、EU議会選挙の後だったので、与党の敗北は避けられないと思われた。ところが大方の予想に反して、キャメロン首相がきわどいながらも勝利した。しかしこの選挙でもイギリス独立党は大きく投票率を伸ばすと、国民投票を2017年まで待つのは危険だと思われた。2017年にはフランスで下院選挙があり、政府与党の圧倒的な敗北、そして右翼の躍進が予想されているからだ。フランスの選挙結果が出る前に国民投票を行ったほうが賢いと判断したキャメロン首相は、2016年に国民投票を行うと決定した。

ところが2015年の夏なると、難民が大量にやってきた。とりわけメルケル首相の「難民は大歓迎」というコメントは、黒波のような難民の波を欧州に巻き起こした。島国のイギリスも例外ではなく、東欧やかっての植民地は言うに加えて、アフリカからの移民が押し寄せた。これがイギリスの世論に大きく影響を及ぼし、2016年の国民投票は非常にきわどいものになってきた。キャメロン首相は、国民を説得できる妥協を求めてEUとイギリス残留の条件を交渉、EU内からの移民を制限する許可をとりつけた。「これで国民投票で勝てる。」と確信した首相は、「選挙運動は俺がやるから、EUは余計な口出しはするな。」と、EUからの援護射撃を断った。

ところがキャメロン首相は、自身の保守党をEU残留に説得する努力を怠った。結果、キャメロン首相がロンドンの市長に抜擢して、「イギリスでもっとの人気のある政治家」となったジョンソン氏は、「どちらの側についたほうが、自身のキャリアの後押しになるか。」じっくり考えた後で、"Brexit"擁護派についた。運よく国民投票で勝てば、キャメロン首相が辞任するので、その後任として首相になることも夢ではない。投票で負けても僅差での負けになれば、その手腕が認められて、保守党内で出世の階段を昇り、大臣の椅子は確実だ。ジョンソン氏は、「EUを離脱すれば、EUに支払う加盟金を国民に回す。移民はこれ以上国に入れない。そしてEUを離脱しても、これまで通りEU内に輸出ができる。」と選挙民が聞きたいことを約束した。「それは事実ではない。」という擁護派の主張は、聞きたいことだけを聞く選挙民には、まったく伝わらなかった。こうしてキャメロン首相が、「楽勝」と思って取り決めた国民投票が、全然楽勝ではなくなってきた。

こうして来るべき日がやってきた。2016年6月23日~24日の深夜では、EU残留派が有利と報道されたが、蓋を開けるとEU離脱派のきわどい勝利となった。直前の予想では、「残留派がわずかにリード」と報道されていただけに、この結果は世界中に震撼を与えた。ドイツでは経済の指針である"DAX"は、最初の10分で10%も下落した。株の売買をしているオンラインブローカーのホームページは、顧客からの売り注文が殺到して、機能ダウンした。銀行株は金曜日と月曜日の二日間で20%も株価を下げた。イギリスポンドとユーロが価値を下げる一方で、スイスフランと日本円が上昇、スイスの中央銀行は当日、市場に介入した。こんな光景は2008年のリーマンショック以来の出来事で、実質経済への影響が懸念された。

イギリスの輸出高の60%はEU内に向けられている。しかるにイギリスは自らこの市場から離脱する投票をした。離脱派の主張とは別に、イギリスは今後、EUの個々の国と輸出品目に関して、関税等の新しい条約を結ばなくてはならない。これがどんなに大変な作業になるか、離脱派は承知しているのだろうか。そして関税が導入されると、イギリス製品は高くなる。イギリス製品が市場を独占していれば、それでも構わないが、同じ商品が溢れている中、関税で値段が上がったイギリス製品の競争率は低く、結局はドイツ製品が勝つことになる。イギリス製品が売れなくなると、そして工場が閉鎖に追い込まれ、離脱に投票したイギリス人は職を失うことになる。離脱派は、「関税を導入するなら、イギリスも関税を導入するので外国車は売れなくなるぞ。」と暗にドイツに脅しをかけた。というのもイギリス人は、ドイツの車が大好きだ。関税を導入するなら、「外国車にも関税を導入する。」というのだが、イギリスの車産業はとっくに死滅、イギリス人の誇りだったジャガーはかっての植民地のインド人の物なっている。「外車は高いから国産車。」という選択肢がないのだ。だったら高くても外車を買うしかない。

EU離脱はイギリスの会社だけではなく、イギリスに工場を置いている外国企業にも影響を及ぼす。航空機の部品をイギリスで生産してるエアバスは、イギリスで製造した部品を組立工場あるフランスに輸入することになり、煩雑な手続きと関税が発生する。今後、イギリス工場を閉鎖することはあっても、イギリス内に新しい工場を建設することはない。エアバスに限らず数多くの外国企業、ロンドンにある日本企業でさえ、巨大な市場であるEUの外に支店を置くか、それともEU内に支店を置くか、考えることになるだろう。そしてわざわざEUの外に支店を置く理由が、どれだけ見つかるだろうか。今後、ロンドンからフランクフルト、あるいはデユッセルドルフに日本企業の引越しが始まっても不思議ではない。

イギリス政府の金持ち優遇政策でロンドンは世界の金融業の中心になったが、その一方でイギリスは生産業を失った。おかげで地方都市は仕事がなく、失業率が高く、とりわけ移民を眼の敵にしているが、イギリスがEUを離脱すれば最後の職場提供先である金融業も失う。各銀行は欧州中央銀行のあるフランクフルトに支店を移すだろう。だから金曜日に投票結果が発表されてから、フランクフルト市はロンドンからやってくる職場、そしてその会社が払う税金を期待してシャンパンで乾杯、来るべき銀行業界の大移動の前祝いした。

国民投票でスコットランドでは7割近くが、EU残留に投票した。残業基盤が弱く、EUからの補助金で雇用を創設しているからだ。2014年にスコットランド独立か否かを問う国民投票では、「独立するなら、EUから出ることになる。」と脅されて、55.3%が大英帝国に残る投票をした。ところがイギリスがEUを離脱するなら、当時の約束とはまったく逆になる。今後、スコットランは大英帝国から独立して、EUに加盟する努力をするだろう。同じことが北アイルランドにも当てはまり、最後には大英帝国はちっぽけな島国にしかすぎなくなる。かって世界をスペインと二分した大国、ポルトガルにの二の舞だ。

国民投票が出た金曜日、「10月までに辞任する。」とキャメロン首相は辞任を発表したが、この辞意はEU内で大きな反感を買った。誰も求めていないのに勝手に国民投票を決定、3年間もEUを国民投票で脅し続け、勝つ筈だった投票で負けると、「10月まであと3ヶ月待ってね。」というのだ。EU議会大統領は、「イギリスは直ちに離脱申請を出せ。」と要求した。これに怒ったのがまだ首相のキャメロン氏で、「いつ離脱するか、それはイギリスだけが決めることである。」と即座に反論した。キャメロン首相はEU脱退後のEUとの今後の関係/条件について話し合って将来の道筋が見えてから、離脱の申請をすればよいと都合よくと考えた。これがまさにブリテイッシュな考え方で、イギリス以外は植民地同様としか考えていない。ところがEUは、「離脱申請を出さないなら、話し合いにも応じない。」とキャメロン首相の鼻先でドアをピシャリと閉じた。首相が右翼の人気を妬んで決定した国民投票、そしてイギリス人は都合のいい約束をする政治家の言葉を信じてしまったため、イギリスは今、大英帝国終焉の瀬戸際に立たされている。


Goodbye Mr.Cameron, Goodbye Great Britain.
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