Kanzlerdämmerg (13.09.2016)

9月4日、"Mecklenburg-Vorpommern"州で選挙があった。ドイツ人でも、「えっつと何処にあったかな。」と考えるくらいなので、日本人はたまたま住んでいない限り、誰も知らない州だ。そんな辺境の州の選挙なのに、この州選挙は大いに注目された。その理由は2つある。2017年の総選挙の前哨戦となるこの州選挙は、来るべき選挙の結果を示唆する指標になる。ここで大きく投票を失った党は大急ぎで党のプログラムを書き換えないと、来年も同じ結果を味わい、国会での議席を失うことが予想される。逆にここで勝った政党は、選挙プログラムが正しいので、同じスローガンで戦えば総選挙でも"fette Beute"(大漁)を期待できる。もうひとつの理由は、メルケル首相の選挙地盤がこの州にあることだ。来年も首相候補として立候補するかどうかまだ意思表示をしてない首相にとって、ここで勝利して、これまで誰もなし得なかった4期目の首相就任に目指して勢いをつけたい。

しかし選挙が結果が出る前から、"AfD"が勝利するのは、誰の目にも明らかだった。理由は言うまでもなく、首相(政府与党)の難民政策だ。今、政府は2017年度の国家予算案の審議に入っているが、難民対策として政府は2016年と2017円だけで500億ユーロもの費用が必要になると見積もっている。この数字を見ればドイツ人が、「なんで難民ばかりが優遇するのだ。」と妬む気持ちもわかる。そこで注目は、政府の難民政策を非難する唯一の(野党)政党である"AfD"がどれだけ得票率を伸ばすかどうかという点に絞られた。選挙結果がでると、その結果は大方予想されていた範囲内ではあったが、それでも大きなショックだった。得票率を伸ばしたのは"AfD"だけで(正確に言えばこれまでは議席がなかった。)、他の政党は政府与党から野党、そし極右政党まですべて得票数を"AfD"に失った。皆まで言えば、"AfD"はこれまでは投票に行かない人間までも投票に行かせるというウルトラCまでやってのけた。このような選挙傾向はこれまでなく、まさに"AfD"の一人勝ちだった。そしてメルケル首相の率いる"CDU"は、首相の選挙地盤である州なのに、"AfD"に追い越されて第三の勢力に落ちるという屈辱的な選挙結果だった。

中国でG20首脳会談に出席していた首相は、会議の休憩時間に記者会見の時間を設けて、この敗北を正当化する必要に迫られた。暗い表情で会見に臨んだ首相は、「党首であり首相でもある私を、(選挙民は)区別することができないので、私に(敗北の)責任がある。」と言明した。日本人にはわかりにくい釈明なので説明すると、「州政府の政治とドイツ政府の政治は別のものなので、ドイツ政府への不満を州選挙で意思表示するのは正しくない。」という首相の選挙民の理解のなさへの非難と、「とは言え、選挙民がこれを(能力の欠如のため)区別することはできないので、負けた責任は私にある。」という責任逃れの、責任の取り方だった。結果、「あわよくば、この選挙結果を首相候補への立候補に使おう。」という首相の目録は四散した。

この選挙結果は、これ以上ないくらいの明らかな指針を示した。同じ選挙プログラムで2017年の総選挙に挑めば、連立与党の大敗は火を見るより明らかだ。連立与党の社会民主党の党首のガブリエル氏は、「次は俺が首相。」と虎視眈々とチャンスをうかがっている。この選挙結果を見た氏は、去年メルケル首相と一緒に難民受け入れを決定したのに、その難民政策を批判するという、風見鶏のような変わり身の速さを見せた。しかしドイツのメデイアはそれほど甘くなかった。「去年一緒に下した決定を、まるで他人がしたような態度で非難するなんてお調子がよすぎる。」と批判、同氏は人気を上げるどころか、かえって人気を下げた。この例が示すように、「このままでは負ける。」と悟りこれまでの難民政策から180度転換しても、「よくやった。」と賛同されるどころか、「それみろ。だから去年言ったじゃないか。」とかえって非難の対象になり、人気回復には繋がらない。それどころかドイツ国民の中に少数派ながらも存在している難民受け入れ派の支持を失い、孤立無援の状態となる。すなわちメルケル首相には、国民の支持を受けないとわかっていても、これまでの難民受け入れ政策にしがみつき、これをなんとか正当化するしか方法がない。

9月7日、G20首脳会談から帰国したメルケル首相は国家予算審議中の国会で演説、難民受け入れ政策を擁護した。もっとも去年使用して、国民の間で嫌われている言葉、"Wir schaffen das"(やればできる。)は賢く避けて、"Deutschland wird Deutschland bleiben – mit allem was uns daran lieb und teuer ist“(ドイツはドイツとして残る。我々が愛してその価値を認めている観念と一緒に。)と、国民を安心させようとした。CDU議員はまるで北朝鮮の偉大な指導者を迎えたように拍手喝采を送ったが、その効果は長続きしなかった。首相の難民政策に真っ向から反対している与党CSUの党首、ゼーホーファー氏は、「ドイツは、ドイツとして留まらなければならない。」と義務形の"muss"を使用して、メルケル首相の演説を添削するという効果的な方法で首相の政策を非難した。

2015年の夏まで、「メルケル首相の4期目首相就任は確実」と誰もが信じて疑わかなった。ところが1年後には、全くわからない状況に発展した。メデイアは"Kanzlerdämmerung"(首相の最終章)と銘打って、さまざまな憶測を立て始めた。挙句の果てには、「首相は再度、首相候補として立候補するか。」と推論が始まった。一度、権力の椅子に座った政治家が、進んでこの椅子を辞退した前例はない。その見本的な例がコール(元)首相だ。3期目の首相就任後、「もう立候補はしない。」と明言した。4年後、人気が急速に落ち目で、勝ち目がなかったのにちゃっかり立候補、そして敗北した。メルケル首相が、「私は12年も首相をやったので十分。あとは任せます。」と言う事はまずない。これは権力者の宿命だ。権力の椅子に座ると俗世界から隔離された生活を送るので、現実を判断する能力がなくなる。メルケル首相も、師匠と同じ運命を共にする可能性が高い。一体誰が1年前に、この展開を予想できだだろう。それもこれも当初は難民問題への言及を長い間避けていた首相が、ハンガリーで立ち往生している難民の姿を見て、一晩で「ドイツは難民を受けれる。」と態度を決定したのが原因だ。

とは言っても現在支持率20%付近で低迷している社会民主党の党首のガブリエル氏が、首相になるとは想像し難い。スーパーマーケットの買収で公平な立場をとらず、利益団体の陳情通りの判断を下すなど、氏はその器じゃない。器があるのは外務大臣のシュタインマイヤー氏だが、社会民主党が党のプログラムを今から変更するとも思えない。仮に変更しても、支持率が38%程度まで回復するのは至難の業。こうして1年後の下院選挙の行方が見えなくなった。1年後には誰が首相の椅子に座ることになるだろう。

           

ブル~な表情で会見に臨む。
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編集後記
11月末のCDUの党大会にてメルケル首相は、「長く考えた結果、再度、立候補する。」と明言した。立候補決定の原動力として、「党首であるのに、首相候補として立候補しないのはおかしい。」という奇妙な理屈を挙げた。実際の所、メルケル首相が立候補の辞退を本当に考えたとは思えず、まるで迷ったようなフリをすることで、大衆からの支持(同情)を狙ったようだった。それでも首相の立候補表明は、その日のニュース番組でもトップニュースで報道されたが、"Es war eigentlich keine Überraschung"(この表明は驚きではない。)という報道のされ方だった。
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