大統領を探せ! (21.10.2016)

同じドイツ人の国、オーストリア。かってはドイツよりも強大で、ドイツの宗主国だったのに、ビスマルクがドイツ第二帝国を建設してから、ドイツの「小さな兄弟」に立場が反転してしまった。日本から欧州に向けられる関心は元々小さいが、その関心が向くのはドイツ、イギリス、イタリア、フランスまで。その証拠にドイツ、イギリス、フランス、イタリアの首相の名前は知っているが、オーストリアの首相の名前はおろか、顔までも知らない人がほとんどだ。そこで今回はドイツの隣国、オーストリアで起きている珍劇を紹介しよう。

好景気に沸くドイツと異なり、オーストリアでは不景気から脱却できずに四苦八苦している。失業率は2011年から5年間上昇を続け10%を突破、現在は8.3%にまで戻している。その原因はかってドイツが21世紀初頭に抱えていた「ドイツ病」にある。フランス並みの高価な社会保障制度を抱えているため、お給料の43、21%は税金で持っていかれる(6万ユーロ以上の収入。)そして健康保険は18.5%。これだけで61%だ。さらにここから年金も払わなければならない。結果、オーストリアの平均月収はドイツよりも高いのだが、手元に残る現金はほぼ同じ。そして人件費が高いので、食料品は言うに及ばず、レストランの費用、携帯電話の通話料など、ドイツよりも値段が高い。結果、お給料は高いのに、購買力が低いので国内消費が伸びない。また、企業が労働者を雇うと、13~14回もお給料を払わなくてはならないので、できるだけ雇いたくない。これに加えてオーストリアの悪名高い規制が網の目のように巡らされており、何をするにも官僚の許可が必要で、これを取るのに専門知識、時間、それに金がかかる。オーストリアの企業が新しく工場を建設する際、高価で面倒なオーストリアを避けて、隣のチェコやハンガリーに建てるので、失業率が上昇する。

オーストリアはこの欠点をちゃんと把握しているのだが、そこは官僚のすること。必要のない取り決めをひとつ改善、あるいは廃止する間に、新しい意味のない規則を2つも3つも作成する。結果、「税金を下げて国内消費を活性化させる!」と大風呂敷をひいた政府の政策も、減税された金額が低すぎて、消費を活性化させるには至らずに終わってしまった。ドイツもかって同じ病気にかかっており、21世紀の初頭までは全く出口が見えなかった。ところがドイツではシュレーダー第二政権下で大幅な社会保障制度改革が実施され、4年ほど時間はかかったが、人件費が下がって、ドイツ製品の競争力が回復した。「じゃ、同じことをすればいいじゃない。」と思っても、そう簡単には行かない。フランスでHollande大統領が社会保障制度の改革を行っているが、労働者は全面ストを実行、フランスの世論は大統領の政策を理解せず、支持率は15%まで落下した。来年フランスで大統領選挙があるが、奇跡でも起こらない限り、Hollande大統領が再選されることはない。これが政権にある政治家のジレンマだ。社会保障制度に手をつけると、メデイア、そして世論からコテンパンに叩かれる。そして政権を失う。これが理由で、政治家は大幅な改革にしり込みをする。

オーストリアで政権にある社会民主党は、労働者の保護を旗に掲げており、党内左派からの反発もあり、首相はそのような大胆な政策を断行できる立場にない。このあまり芳しくない状況の2015年、難民の波が欧州に襲い掛かった。人権擁護を旗に掲げてる社会民主党は、メルケル首相の難民受け入れ政策を支持、オーストリアは難民を受け入れると宣言した。ところがメルケル首相の、「難民大歓迎」発言後、難民の波はさらに勢いをまして、小さなアルプスの国になだれ込んだ。右翼は、「それみろ!だから難民の受け入れを拒否したのだ!」と勝ち誇った。首相は連立政権の要求と世論に負けて、「難民の受け入れを制限する。」と180度の方向転換をしたばかりか、メルケル首相の難民受け入れ政策を非難し始めた。この政策変更は党内の左派からの突き上げをくらい、首相の立場はさらに弱くなった。こんな弱い立場では、社会保障制度の改革など到底できるわけがない。

そのような不安定な政治状況の2016年4月、オーストリアで大統領選挙があった。オーストリアの大統領は、飾りだけのドイツ大統領よりは大きな権限が認められているが、実権を発動するには政府、あるいが大臣の提案が必要で、自由に採決できる権限はない。又、国会で議決された法案が大統領のサインを得て正式な法律になるが、これを拒むこともできる。ドイツともっとも大きく違う点は、大統領が国民投票によって選出される事だ。すなわち大統領選挙は、政党の支持率の大きな指針になる。政府与党は低迷する経済、難民問題を抱え、困難な選挙戦になると覚悟をしていたが、蓋を開けてみると、結果は予想を大きく上回った。それも悪い意味で。連立与党の推す両候補は第三位、第四位という下位に留まり、政党の支持のない独立候補にまで負ける散々な結果に終わった。勝利したのは右翼政党が推すHofer氏で、36%もの支持率を獲得した。自民党独裁国家に住んでいると、「たったの36%?」だが、複数政党が国会でしのぎを削る欧州では、36%もあれば第一党になり、連立政権で首相を出せる数字だ。右翼候補がオーストリア国民の幅広い支持を受けたこの選挙は、世界中で報道された。何しろあのアドルフを生んだ国で、またしても右翼政党が第一党に躍進したこの選挙結果は、欧州で驚きをもって受け止められた。

幸い右翼候補が(まだ)過半数に達していなかったため、右翼候補と第二位になった緑の党の政治家、かってのウイーン大学教授のBellen氏との決戦投票が行われることになった。大学教授というとおとなしい言動をうかがわせるが、Bellen氏は「(大統領になった暁には)右翼政党が決議した法案にはサインしない。」と、真っ向から対決姿勢を明らかにした。オーストリアの知識人は、「右翼が勝つと、オーストリアがまた世界の悪玉になりかねない。」と警告を鳴らした。かってテレビの生中継中、日本人のF-1ドライバーを"Japse"(英語の表現のジャップに相当)と呼んでテレビ局を大騒ぎさせたことのあるニキ ラウダ氏でさえ、「連立政権は一致団結してベレン氏を推すべきで、これをしないなら、両氏は辞任しろ。」と語った。しかし歴史的な敗北をしたオーストリアの二大政党は誇りが高すぎて、ベレン氏を公式に推すという行為に踏み切れなかった。

この"Zaudern"(迷い)が、ファイマン首相の引導となった。党内左派(ベレン氏擁護)と連立政権のパートナー(右派、ホーファー氏擁護)の双方から支持を失い、辞任に追い込まれた。どうせ辞任するなら、大きな改革を行い、人気を無くして辞任したのなら後世が「偉人」と名誉回復してくれだろうに、右派と左派の板ばさみになって、問題を山積したまま辞任したのでは評価は低い。哀れ。そして5月に行われた決戦投票は、右翼 vs. オーストリア良心の決戦となった。オーストリア経済低迷の責任を難民に押し付けて、右翼の大統領が誕生するのだろうか。オーストリアの言う「同じ間違いは二度と繰り返さない。」は、言葉だけのサービスだったか。それとも、本当にオーストリアは過去から学んでいたのか、その真価が問われることになった。この選挙は大変な接戦で、右翼が49.7%、緑の党が50,3%を獲得、その差は得票数でわずか31000票だった

普通、選挙結果がこれだけ接戦だと、「開票の数えなおし。」を要求するものだ。すると2万票などは簡単に、「あ、間違えてた。」と対立候補に数えられる。すると3万票の差で勝った筈の候補は2万票をなくし、負けた筈の候補は2万票を加算され、1万票の僅差で勝つことも少なくない。すると1万票の僅差で負けた候補が「開票の数えなおし。」を要求する。すると6千票などは簡単に、「あ、間違えてた。」と対立候補に数えられる。すると1万票の差で勝った筈の候補は6千票をなくし、負けた筈の候補は6千票を加算され、1000票の僅差で勝つことも少なくない。すると1000票の僅差で負けた候補が、開票の数えなしを要求してと、この開票ドラマは永遠に続く。これを恐れていたが、右翼候補はしばらく考えた後、「選挙結果を尊重する。」と発表、オーストリアの良心がかろうじて勝ったように見えた。

しかしそこは同じドイツ人の国、そんなに簡単にいくものじゃない。案の定、地方の選挙管理委員会が郵送で送られてきた投票を、投票締め切りの前に開票したことが明らかになった。早すぎた開票が選挙結果に結果を及ぼしたかもしれず、右翼候補のホーファー氏は選挙のやり直しを要求した。オーストリアの裁判所も、この明きからかな選挙法違反では他に方法が見つからず、2016年10月に大統領選の再投票を行うと告示した。この珍劇が日本で報道された不明だが、少なくも欧米ではオーストリアの大統領選に再び注目が集まった。

大統領候補は再び選挙活動を開始、オーストリアのテレビ局も公開対決の特別プログラムを用意、そしてヘマをしでかしたオーストリアの選挙管理委員会は、再び票が入った封筒の郵送を始めた。これで今度こそは、大統領が決まる筈だったが、しかしそこは同じドイツ人の国、そんなに簡単にいくものじゃない。今度は郵便で送られてきた封筒の封の糊が乾いており、接着しないという問題が発覚した。秘密投票である以上、どの候補に投票したか、その秘密は守らなければならない。しかし糊が接着しないのでは、郵便局員が中身を見る事ができる。オーストリアの裁判所も、この明きからかな欠陥を目の前にして他に方法が見つからず、大統領選を2016年11月末か、12月始めまで延期すると告示した。この喜劇が日本で報道された不明だが、少なくも欧米ではオーストリアの大統領選はお笑いの的になった。




辞任したFaymann(元)首相。
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笑いが止まらないHofer氏。
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オーストリア最後の期待Bellen氏。
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編集後記。
2016年12月、ヨーロッパの"Lachnummer"(笑いのネタ)になっていたオーストリアの大統領選挙が、本当に挙行された。緑の党の候補のベレン氏が投票に訪れると、記者団が一斉にマイクを向けた。同氏はこの注目を堪能しながら、「今晩には選挙結果が出て、勝者が私と同じ名前であることを願う。」と余裕とユーモアのある回答をしていた。先回の失敗でけちょんけちょんに非難されていた選挙管理委員会は、手紙で送られてきた投票を、念には念を入れて投票が終わっても24時間密封したまま鍵をかけて保管、投票結果が出てから開封を始めた。そして肝心要の開封結果だが、ベレン氏が51.7%の過半数を獲得して、次期オーストリアの大統領に就任することになった。こうしてオーストリアは右翼が国家主席になるという恥辱を味わなくて済んだ。もっともオーストリア人男性は圧倒的に右翼候補を支持したが、女性がベレンを同様に圧倒的に支持したので、僅差でベレンの勝利となった。女性に選挙権を与えたのは間違いではなかった。
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