器じゃない (31.01.2017)

2017年、欧州は選挙の年。オランダ、フランスの選挙は予定されていたが、政情不安によりイタリア、オーストリアでも総選挙になりかねない雲行きだ。ドイツでも例外ではなく、3月から地方選挙が始まり(予定では)9月に下院の選挙があり、新しい首相が就任する。もっとも本当に新しい首相が就任する可能性はあまり高く、同じ首相が新首相に就任する確立のほうが高い。

退屈な選挙戦になりそうな原因は、現在の連立政権にある。2大政党が連立政権を組んだため、政権は国会で日本の自民党並みの圧倒的な過半数を有している。結果、野党は政府が決定する政策の「聞き役」になり下がっており、政府の同意なくしては国会調査委員会も招集できない。これに加えてドイツの好景気。20年振りの低失業率を誇る今、政権の交代を望む市民の数は決して多くない。移民(難民)政策に満足していない国民は多いが、だからと言って日本のメデイアが主張しているような、トランプ氏を大統領に選んだ米国のような事態はドイツでは起こりにくい。幸か不幸かドイツには「過去の遺産」があり、右翼政党が大躍進して第一党になる可能性はゼロ。

結果、2017年の新政権も、これまで通りの二大政党による連立政権になる可能性が極めて高い。これでは緊張感のある選挙戦になるわけもない。唯一、選挙民の興味をそそるのは、「誰が首相候補に立候補するか。」という点になるのだが、メルケル首相が前人未到の4期目の首相就任を目指すのは、首相が立候補を正式に表明する前からはっきりしていた。結果、注目は名目上のSPDの首相候補に向けられた。何故、「名目上」なのか。それはSPDは連立政権を組んでから人気を無くす一方で、支持率がかろうじて20%のラインを死守しているからだ。連立政権で首相を出すなら最低でも36%程度の投票率を上げて第一党になる必要があるが、SPDの得票率が30%を超えたのは10年前の話で、今日では「兵度もが夢の跡」でしかない。

はじめから「勝ち目はない」とわかっていても、SPDの首相候補として立候補してみたいものだ。"Brexit"や米国の大統領選が示したように、「予想外の結果」が発生する可能性がある。もっともこの予想外の結果は通常、都合の悪い方向で起きることが多いものだ。にもかかわらず、SPDの党首であるガブリエル氏は首相候補として立候補すべく、氏よりも人気のある外務大臣をドイツの大統領に推すなど、滅多に見ることがない氏の戦略的な政治手腕を見せた。あとはEU議会大統領だったシュルツ氏を外務大臣に就任させれば、自然にガブリエル氏が首相候補になる筈だった。この目的でSPDは2017年1月から来るべき選挙戦の戦術について協議に入った。この協議の最後に、正式なSPDの首相候補が指名されることになっていた。

ガブリエル氏の思惑とは裏腹にSPDの支持率は低迷したまま、さらにガブリエル氏とメルケル首相の支持率の差は狭まるどころか、広がったまま。SPDの内部では、「次回も負け選挙。」というムードが広まり始めた。連立政権を組む政党の宿命だが、政権が成果を出すと、その成果は大きな政党、この場合ではメルケル首相率いるCDUの手柄になる。結果、弟分である政党、この場合ではSPDは支持率を落とし、次回の選挙では敗北を喫することになる。この悪循環を断つ方法は2つある。そのひとつは選挙前に連立政権を解約して、連立政権のパートナーにその責任を負わせる方法。かってFDPはシュミット首相と連立政権を組んでいたが、一方的に連立政権を解約、政権破綻の原因をシュミット首相の責任にすることに成功した。もっともこの方法が成功裏に行くには、政権の支持率が低迷していることが条件だ。政権の支持率が高い場合は、このような策略はブーメランとして帰ってくる。

残る方法は、連立政権と関係のない人物を首相候補として上げる方法だ。新しい顔を見た選挙民は、それが首相候補であれば、まずは好意的に評価する。これにはこの人物が、すでに政治の面で実績を挙げていることが条件だ。SPDにはそのような政治家は二人しかない。ハンブルクをCDUから奪取したショルツ州知事と、同じようにNRW州をCDUから奪取したクラフト女史だ。しかし後者は全国政治には興味を見せていないので、残る候補はショルツ氏のみだ。メデイアはショルツ氏が首相候補に名乗りを上げるか興味を持って動向を見守っていたが、同氏はまだ時期尚早と判断した。結果、ガブリエル氏が立候補して選挙で大敗北、大恥を晒すかどうかという点に絞られた。
          
他の政治家なら、それでも危険を犯して立候補していただろう。周囲を驚かせたことにガブリエル氏は首相候補への立候補を辞退、EU議会大統領だったシュルツ氏を首相候補に推すと発表した。記者会見で同氏は、「私が立候補しても勝ち目がないから。」と驚くほど正直にその動機を述べた。それだけでない。ガブリエル氏は党首の座をシュルツ氏に譲り、産業大臣から(外務大臣の大統領就任により)空席となる外務省に移ると発表した。国民の間では同氏が党首に任命する前から、「ガブリエル氏は首相の器じゃない。」と言われていた。氏が世論に合わせて、風見鶏のように意見、態度を換えるのがその理由だ。しかし同氏の今回の決断は、首相の器ではないけれど、潮時を見て客観的に判断を下す能力が備わっていることを示した。

白羽の矢を立てられたシュルツ氏だが、メルケル首相相手に勝つチャンスは高くない。仮にCDU/メルケル首相の人気を落とす事態が発生してSPDが人気を回復しても、支持率が30%までいけば御の字だ。しかし30%ではCDU/メルケル首相に勝てない。シュルツ氏が首相になる唯一の方法は、SPDが過去10年以上に渡って拒否してきた左翼政党、それに緑の党を加えた3党と連立政権を組む方法だ。左翼政党と緑の党はそれぞれ8~9%の得票率は固い。これにSPDの30%が加われば、ドイツの選挙システムでは下院での過半数を押さえることができる。しかし選挙前に「左翼政党との連立政権を目指す。」と公言すると、党内右派の支持率を失くす。そこでシュルツ氏は党内右派のご機嫌を取りながら、左翼政党との連立政権を視野に入れての選挙戦となる。この絶妙なバランスが取れるなら、シュルツ氏が首相になるのも可能かもしれない。
          


首相候補を断念したガブリエル氏。
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SPDの希望を一身に担うシュルツ氏。
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編集後記
SPDの党大会でシュルツ氏は前人未到の100%の賛成票で党首兼、首相候補に選出された。このイケイケムードでSPDの人気が急上昇、支持率が10年ぶりに(ほぼ)30%に達した。もっともCDUの支持率はそれでも32%と、SPDを未だに上回っている。さらに悪いことに、支持率はその後、降下傾向になっており、メルケル第4期政権のほうが現実的だ。半年でこの事態を変えるような事態が発生するのだろうか。
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