Postfaktisch (11.02.2017)

日本では角川文庫が販売していたヒトラーの口述著書"Mein Kapnf"はドイツでは戦後から発行が禁止されていた。著作権の所有者であるバイエルン州が「悪魔の書」として発行を禁止したからだ。この禁止にもかかわらず"Institut für Zeitgeschichte"(以降IfZと略)という歴史研究期間が、この悪魔の書の「解説判」の発行準備を始めた。2016年にバイエル州が持つ著作権が期限切れになってしまうからだ。「誰かが発行する前に、ちゃんとした解説を加えた版を発行するほうがいい。」という論理はバイエルン州の州知事の逆鱗に触れ、「IfZへの補助金をストップすべきだ。」と州知事が言い出して、アドルフが死んで70年以上も経つのに、またしても大きな政治テーマになった。

2016年1月1日に著作権が失効すると、IfZは解説を加えた「我が闘争」の販売を、59ユーロという高額で開始した。「ベストセラーを目指すのではなく、またしても誤った思想の根源にならないようにすることが目的だ。」という同機関の高貴な目標とは裏腹に、またしてもベストセラーになってしまった。同時に自宅で埃が積もっていたオリジナル版の我が闘争を所持していたドイツ人は、これを合法に販売することが可能になって、大喜びした。戦禍を逃れ、70年以上も生き延びたされなかったオリジナル版は今、なんと1500ユーロもの値段で売りに出されている。

この著書に、「大衆は驚くほどナイーブで、誤った事実でも、これを繰り返し主張すれば信じるようになる。」と書かれている。かっての共和党の大統領候補、現大統領のトランプ氏が、メデイアに全く同じ話を語っていたのは興味深い。ヒトラーの著書を読んだのか、それともメデイアでの仕事がそのような知恵を与えたのか、その点は定かではない。この知恵を効果的に使用する術と、根拠のない事実、早い話が真っ赤な嘘をしゃあしゃあと主張する厚顔無恥を持ち合わせていた同氏は、これだけを武器に大統領選を戦い、次々に敵を撃破、ついには大統領に就任してしまった。大統領の就任式を見物に来た市民の数が少ないと報道されると、すぐに得意技を発揮して、「こんなに参観者の多かった就任式はなかった。」と主張、メデイアは嘘を報道していると非難した。その後、メデイアがこの事実を数字で証明すると、大統領選の首席アドバイザーだったKellyanne Conway女史は、「これは嘘ではなく、"Alternative Fakten"(代わりの真実)である。」と主張した。女史は中身まで悪魔の化身と化している。

この現象は米国だけに限られたものではない。英国でも脱EU派は文字通り真っ赤な嘘を主張して、成功した。嘘は気持ちがいい。「お綺麗ですね。」と言われて、怒る女性はいない。かってヒトラーが、「ドイツが戦争に負けたのはユダヤ人の"Dolchstoß"が原因だ。」と言い張り、「ドイツが苦境にあるのも、すべてユダヤ人のせいだ。」と代わりの真実を主張すると、ドイツ人は良心の呵責、「戦争をおっぱじめた挙句に負けた。」から解放された。ドイツ人はこの代わりの真実を信じてしまい、またしても戦争をおっぱじめてた挙句に、こっぴどく負けるまで、現実を見ようとはしなかった。全く同じ現象が英国、米国、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア等で起きている。代わりの真実ほど、市民にとって気持ちのよいものはないのだ。

この現象はとりわけ日本で強い。オリンピックを日本に招致したいがため、手に負えない福島原発の現状を"under Kontoroll"と代わりの真実を主張した首相を筆頭に、名だたる新聞社から、ネット記事まで代わりの真実で一杯だ。ベルリンでテロがあった際、○日新聞は「ドイツも安全ではなくなった。」と嘆くドイツ人の声明を「現地人の声」として挙げていた。しかし事実は大きく異なる。

かって有名なテロリストは、「一人殺せば、100万人を恐喝できる。」と嘯いた。これがテロリストの目的だ。だからドイツ人は、「テロを怖がって家に引っ込むんじゃ、テロリストの思惑通りになる。」と、日本人と全く違う反応をする。テロがあってもドイツ人は怖気づかない。実際、ドイツでテロに見舞われる確立は1/2500万で、日本の宝くじ一等が当たる確率は1/2000万と、宝くじに当たる確率よりも低い。ドイツでは年間、最高で2万人もインフルエンザで死亡しており、テロに遭う確率よりも数千倍高い。しかし、「インフルエンザが怖いので、ドイツにはいきません。」と言う人は皆無だ。論理的に考えれば、車、飛行機、風邪、エトセトラの方がもっと怖い。しかしそんな意見を載せては、日本人には受けない。そこでそのような声明を捏造するか、無理やりそういう声明を出す人を探してくる。日本の新聞は日本人読者に受ける声しか乗せないので、これを読んだ日本人は、「ドイツもそうなんだ。」と考える。日本の有名新聞社がこの様なので、ネット記事や個人が滅茶苦茶な主張をしていても無理はない。

日本や米国ほどではないが、ドイツでも代わりの真実が流行っている。「シリア難民は放牧されている羊を襲い、首を掻き切って殺して解体、食料にしている。」とか、「難民が収容されている地区では盗難が上昇して、スーパーが閉店に追い込まれた。」など、空想は絶える事がない。そして一部のドイツ人は、そのような主張が根拠のあるものなのか調べもしないで、好んで信じる。代わりの真実ほど心地よく、自尊心を満たしてくれるものはないからだ。
          
こうした背景があり2016年の流行語は、"Postfaktisch"が選ばれた。これはまさしく米国のConway女史が主張する「代わりの真実」という意味だ。日本社会は農耕社会から発展したため、「村八分」になることを意識的、無意識に避け、間違った意見、行動でも、メインストリーム(多数派)と同じ行動をしていれば安全だと考える。結果、日本人は、「他の人はどうしていますか。」という質問をとりわけ好む。一方、狩猟民族は同じことをしていたのは獲物を逃してしまうので、「俺は俺、他人は他人。」と考える。こうした背景もあり、日本人はとりわけ代わりの真実に弱いので、記事などを読む際は用心あれ。記事を書く側が、読者に合う様に記事の内容を選抜していることをお忘れなく。



小ヒトラー。
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