Bernsteinzimmer (07.05.2007)

今回のテーマは、必ずしも最新事情ではないが、その分、ロマン満ちたお話。 時は300年ばかり遡って18世紀初頭。当時、まだドイツ帝国は存在していなく、ドイツ国内はそれぞれ王を持つ諸侯に分かれており、その諸侯同士が互いに覇権を争っていた。その諸侯のひとつにとりわけ軍事力に秀でたプロイセンという小さな国があった。

プロイセンは当時のロシアに姉妹を嫁がせており、ロシアとは親戚のような関係にあった。そのプロイセンの王、ヴィルヘルム1世 は、権力を誇示する為にBerlinの居城にBernsteinzimmerを作らせる。Bernsteinzimmerとはその名の通り、Bernstein(琥珀)Zimmer(部屋)だ。これを見たロシアのピヨートル大帝が大いに感銘を受けたので、「じゃ、あげちゃいます。」と、寄贈してしまう。ピヨートル大帝の死後、女帝カタリーナがBernsteinzimmerをSt.Petersburg郊外に作らせた自分の名前を抱く宮廷に持ってくるが、部屋が大きくて、そのままでは隙間ができてしまう。そこで部屋がすべて琥珀で埋め尽くされるように、オリジナルの部屋を補充、拡大、さらには金細工 、金の彫刻を加えて、それはまばゆいばかりの部屋になった。以後200年に渡ってこのBernsteinzimmerはAchtes Weltwunder(8番目の世界の不思議)(注釈:世界の7不思議をもじったもの) として歴史に名を残す事になった。

20世紀に入ってから、不幸な事にこの世界の8番目の財宝も、他の7つの財宝と同じ運命を辿る事になる。不幸の始まりは第二次世界大戦。当時、St. Petersburgは、レニングラードという名前に変わっていた。これがBernsteinzimmerの運のつき。ソ連邦に侵攻したドイツ軍は破竹の勢いで快進撃。北方軍の攻撃目標はいまわしい共産主義の発祥地となり 、その名を掲げているレニングラードだ。 1941年にレニングラードを包囲したドイツ軍は、早速、Bernsteinzimmerを解体して、ドイツ国内に運び去ってしまう。

Bernsteinzimmerは戦争中、東プロイセンの首都であるKoenigsbergの城に保管されていた。その後、ソ連軍の反攻により、今度は ドイツの産業拠点であるKoenigsbergがソ連軍の攻撃目標になってしまう。 ドイツ軍(政府)の公式発表によると、Koenigsbergの城がロシア空軍の爆撃を受けて崩壊した際、この城に保管されていたBernsteinzimmerも燃え尽きてしまったという。

ドイツを全く信用していないソ連邦が、この一件を調査したのだが、琥珀の燃えカスはおろか、燃えた形跡さえないのでBernsteinzimmerは別の場所に移されたと確信。もしBernsteinzimmerについて何か知っている人間が居るならば、東プロイセンの悪名高いGauleiter(独裁権力を持った州知事のようなもの)であったErich Kochをおいて他に居ない。ところが(流石は?)筋金入りのナチであるKochは死刑判決を受けるも、一向に口を割らない。不思議な事にこの死刑判決は執行される事がなく、Kochは1986年まで長生きして 、獄中で死んでしまう。生前にKochを監獄に訪れた記者がBernsteinzimmerの在り処について尋ねると、Kochはニンマリと笑って「共産主義者の手の届かない所にある。」とだけ語った。

これがきっかけとなってドイツ全土で一攫千金を狙う「Bernsteinzimmer探し」に火がつく。今日に至るまでKoenigsbergの城の跡 とか、アルプスにある岩塩鉱とか、その辺の空き地とか、片っ端から大きな穴が掘られているが、一向に行方はわかっていない。 その内、「Bernsteinzimmerはやっぱり爆撃に合って燃えてしまったに違いない。」と、皆が信じ始めていた矢先の1997年になんとオリジナルのBernsteinzimmerのモザイク画がドイツ国内で発見されてしまう。これで「Bernsteinzimmerは、やっぱりまだドイツにあるに違いない。」と、Bernstein-zimmer伝説が復活。宝探しのロマンも加わって、テレビ局の特集番組が幾つも作成される。お陰でドイツでは誰もがBernsteinzimmerの専門家で、誰もが部屋の行方について自説をもっている。ドイツに来られた暁には、試しにドイツ人に 部屋の行方について尋ねてみてください。

念のために補足しておくと、右の写真は複製(レプリカ)である。ロシアの広大なガス田の開発を狙うドイツのガス会社(Ruhrgas AG)が賄賂として、2003年にプーチン政権に贈ったもの。お陰でドイツのガス会社はロシアのガス田の開発権をほぼ独占で取得する事ができ、シュレーダー首相はこの取引を仲介した手柄として、ガスプロムの取締役の地位をオファーされ、さっさと首相の地位を投げ捨てて取締役に納まってしまった。Bernsteinzimmerの魅力が政治家の心を吸い取ってしまう、いい見本であった。


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再生されたBernsteinzimmer。一生に一度は観てみたい?



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Bernsteinzimmerのモザイク画の複製。
       
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