Helmut Kohl (1982-1998)

ヘルムートコールは、アデナウワ-よりも長く16年もの長きにわたって首相の座に君臨したドイツの首相だ。CDUの党首にはなんと1973年~1998年まで25年にわたって君臨した事からもわかるように、アデナウワ-直伝の陰謀の名手。将来の敵を片っ端から消してい事により、長期に渡って党首および首相として君臨する事ができた。その巧みな政治手腕(陰謀)を発揮して、前出のシュミット政権に付いていたFDPを寝返りさせる事に成功、政権を獲得した。
当時は日本を含め世界中で経済が成長を続け、毎年、お給料は増え、労働時間は短くなり、社会保障制度は成熟して(お金があったから)、ドイツ(最後の)経済黄金時代だった。こうした経済の好調を背景に、コール政権は長続きする事となった。ちょうどこの頃、東欧ブロックは崩壊して、東西ドイツが統合(ドイツ人は吸収と言う。)されたから、東ブロック崩壊時の首相として歴史にその名を永遠に残すことになった。
陰謀には長けていたが、政治能力については疑問が残る。東ドイツ統合の際、東ドイツ市民に、"Bluehende Landschaften"(花が咲き乱れるように、大いに栄える未来)を約束したが、統合後、東ドイツは失業と過疎に見舞われて、全く反対の現象が発生、この台詞は「迷演説」として、歴史に残った。
1994年にCDUが選挙で勝って3度目の首相の任期に就いた際、「次は首相として立候補しない。」と公言しておきながら、それでも1998年に立候補するなど、言葉と行動が一致しない事が多かった。1990年代に不況が訪れると、何ら効果的な政策を挙げる事もできない首相は、国民から支持を失い、選挙で敗北を喫する。ちょうどコールは、「どんな人間でも、権力の座に長く居座ると腐敗する。」という言葉の見本のような政治家だった。
コールの失脚後、選挙運動資金を武器商人からもらってスイス口座に隠していた事が発覚する。(その武器商人が何億ものお金を儲けるように手配したのは言うまでもない。)これを当時の東ドイツの諜報局が入手していたが極秘扱いとされ、秘密はよく守られた。ところが、東ドイツが西ドイツに吸収されて、諜報局の資料が公開されてしまったのがコール(元)首相の運のつき。コールは元首相でありながら脱税で訴えられる事になったが、流石は、DR.Kohl。だてに法律を学んでいない。コールは東ドイツの諜報局が集めた情報の公開を阻止するよう裁判所に訴えて、勝訴してしまう。結局、検察は脱税の証拠を挙げることが不可能になり、誰の目にもコールは有罪なのに、裁判不可能で無罪放免になる。これだけの老練さがあってこそ、25年も党首に座に納まる事ができたわけだ。(26.02.2011)

helmut kohl

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