Die Linke (31.07.2005)

東ドイツが崩壊して西ドイツに吸収された際、今まで東ドイツで独裁政治を行なってきたSEDは、「このままじゃ、民主化したドイツでは党の存続が危うい。」と考えた。 自国民を国境を越えようとした廉で何百人も射殺してるから、 もっともな心配だっただろう。そこで国民の物忘れの良さに期待して、党の名前をSEDからPDSと変えた。このPDS、意外にも多くの支持者がかなりいて、国会にも議席を確保していた。しかし東ドイツに資本主義が浸透するにつれて、未だに社会主義を信奉する党は次第に支持を失い、ついには国会の議席を失ってしまった。このまま放っておけば、PDSは歴史の一部となっていただろうが、ここで急に政治の風向きが変わる。
きっかけは政府与党であったSPDの深刻な支持率低下である。首相の決断で導入された社会保障制度の改革、わかりやすく言えば、高価な社会保障制度の大幅削減が、国民に(特に低所得者、労働者階層に)受けなかった。SPDに愛想をつかした左派の選挙民はその怒りをぶつけて、右派の野党CDU/CSUに投票。この結果、先のNRW州での選挙ではCDU/CSUが大勝したのはまだ記憶に新しい。この政局の変化を見て、かって SPDの党首、かつ財務大臣でありながら首相と喧嘩して党を脱党した Lafontaine氏が左派の極小政党、WASGに加わった。そして今回、9月の総選挙を前にしてWASGとPDSは合併する事になった。新しい政党の名前はDie Linke 日本語に直せば「左翼」。名前からしていかにもSPDに愛想をつかした選挙民をターゲットにしている。この政党、誕生間もないのにかっての東ドイツ地域では圧倒的で、すでに支持率は30%を軽く超え、人気ではすでに第一党である。西ドイツではまだそれほどの支持率はないものの、ドイツ全土では12%の支持率を誇っている。つまりこの政党は結成からわずか1ケ月程度で、ドイツにおける第三の政党にまで成長したのである。果たしてこの政党が9月の総選挙でどこまで支持率を伸ばしていくか見物である。

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左翼政党の顔、Gisy氏


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