"Ich hatte einen Kameraden." (03.06.07)

"Ich hatte einen Kameraden." (03.06.07)

5月19日にアフガニスタンに駐屯していたドイツ軍を目標としたテロがあり、12人の現地人、及び3人のドイツ軍兵士が殺害された。これでアフガニスタンで命を落としたドイツ軍兵士の数は21名になった。テロで殺害された兵士の遺体は23日にケルン/ボン空港に移送され、隣接するドイツ空軍の格納庫で追悼式が行われた。式場で国防大臣(昔は戦争大臣という名前だったが、これではまずいので名前が変わった。)は、「(死亡した兵士は)世界平和の為に貢献した。その功績に対し、惜しみない感謝と限りない支援を表明する。」と述べた。

この政治家の都合のよい「感謝の言葉」を聞いて怒りを覚えている元兵士は少なくない。死ねばせめて国葬してもらえるが、それよりも悲惨なのは、負傷して生き延びる事だ。テロに遇って生き延びた兵士のほとんどは、目の前で戦友がHachfleischにされた惨状から一生立ち直れない。それに加えて、身体の障害もあり、「使い物にならない。」として軍隊を首になる。

しかし軍隊で使い物にならない者が、民間で使い物になるわけがない。「くず鉄は、くず鉄屋に。使い物にならない人間は、軍隊に」と(軍隊で)自嘲的に語られている通りで、どこの会社が、これまで軍隊勤務しか経験のない身障者を雇うだろうか。この為、テロを生き延びた兵士は、月々わずか380EURの生活保護を受けて、死ぬまで貧乏生活を送る事になる。その元兵士達は、今回の国防大臣の「惜しみない感謝と限りない支援」という言葉を聴いて、おさえようのない怒りと格闘していた。

これに追い討ちをかけるのが、政府の対応だ。ドイツ軍で「使い物にならない。」、つまり障害者と判断され、軍隊を首になると、国に「障害者年金」を申請する事ができる。何しろ、お国のために生命の危険をおかして使えたのだから。しかし、その国から障害者年金の返事が届くと、「あなたの障害では、十分に仕事が遂行可能です。」という返事が来て、年金の支払いを拒絶されてしまう。「使い物にならない。」として軍隊から放り出しておいて、この返事である。仕事ができるなら、そのまま軍隊で、できる仕事をあてがっておけばよいではいないか。こうした背景があって、軍隊を障害者として首になった(あるいは自主的に辞職した)元兵士の70%以上が、国を相手にして年金の支給を裁判で争っている。

わが国、自衛隊でも状況は同じである。行軍中に過労で心臓発作を起こして「2階級特進」しても、国から出るのはお悔やみの言葉だけ。国/軍隊は職務災害認定を拒絶、遺族は身内を失った悲劇を乗り越えて、国を相手に裁判を行って、当然の権利を勝ち取らなくてはならない。驚くべきは、敗戦から60年以上経っても変わっていない「お国の為に。」という精神構造である。


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追悼式では、ドイツ版「同期の桜」、 "Ich hatte einen Kameraden."が吹奏された。
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