ビスマルク (14.01.2008)

2008年になってから愉快な事件が少ないので、去年書き損ねたビスマルク氏の活躍について紹介してみようと思う。「それって、最新情報じゃないんじゃ?」と抗議が届く前に説明しておくと、Ottoではなくて、その曾孫にあたるCarl-Eduard von Bismarckの方だ。ドイツでは今でもビスマルクの名前は一財産に匹敵するから、ビスマルクという名前が付いていれば将来の心配はない。この有名人の孫は政治家になった。もっとも本人が政治家になりたかったのか、それともビスマルク氏の所属するCDUが、どうしてもこの有名な名前を持つ人間を政治家にしたかったのか、本当の所はわからない。ビスマルク氏が、よりによって有名な先祖がデンマークから戦争でもぎとった、Schleswig-Holstein州のCDU国会議員として立候補すると、44%を超える圧倒的な得票率で当選した。前歴もない人間が、これだけの得票率を集めることができたのは、名前のお陰だろう。現首相のメルケル氏の最初の選挙では0.9%の得票率であったから、他に理由は考えられない。

当然、ビスマルク氏に対する期待は大きかった。しかし、ビスマルク氏は祖先から名前だけでなく、怠け者の性格を受け継いだらしく、国会にはいつも欠席、地元のCDUの党の会合では1年半に渡って欠席を続けるという、祖先顔負けの怠け者ぶり。お陰で、「ドイツで一番怠け者の政治家」として有名になった。すると気分を害したらしく、「じゃ、もう(国会議員)辞めた!」と言い出す始末。問題はその辞任の日。この日に辞めると、国会議員として年金が保障されるに必要な日数をちょうどクリアする日を辞任の日に指定。これが知れ渡るや、ビスマルク氏を選んだ選挙民は呆れかえった。そんな年金などなくても、祖先の地所からあがる金で裕福な生活ができるのに、そんな必要性があったのだろうか。やはり政治家は名前で選ぶものではない。日本でも二世政治家、ましてやその二世が首相になっているケースがあるが、やはりまともな成果を残してない。


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若禿はビスマルク家のもうひとつの遺伝だ。

 



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